名言大学

#教育者・学者

勝利を得ることの出来る人間とは、
物事を決断する勇気を持つ人物のことである

友達は僕が選んだものだから責任持って仲良くしたいけど、
家族は別に選んだわけじゃないから・・

学校の授業はテレビと一緒です。
クラスの全員がスマホでYoutubeを見ているのだったら一時停止できるけど、
今、
先生を自由なタイミングで一時停止したら授業が終わらない

基本的に僕は、
自分よりすごいプロがいる世界では努力しないって決めている

なぜだろう?
どうして優れた運動能力を示す者はクラスメイトたちの賛美の的となるのに、
優れた知的能力を示すものは憎悪の対象となるのか?

台本に書いてある通りにやれば、
役って移っちゃうものなんだけど、
僕はひねくれているので、
一度自分の中に通さないと気持ち悪くてできない

ひとこと忠告したい。
後進の青年諸君。
もし他人の仕事に不満だったら、
自分でその仕事を試みてみたまえ。
他人の商売のやり方がまずいと思ったら、
自分でその商売をやってみたまえ。......

なぜ自分の愛犬をしつける時に用いるのと同じ方法を、
人間に応用しないのだろう。
なぜ鞭の代わりに肉を、
批評の代わりに賞讃を用いないのだろう

人の人格は、
小さい頃からの人との接触として出来上がってきます

日本の教育自体が100点を満点にして、
これができなかった、
あれができなかった、
これこれダメだった60点、
じゃぁ40点どう埋めるか・・、
本来私(この教育方針が)嫌いですね

逆境にある時ほど、
感謝の心を思い出して欲しいと思います

新しい仕事と過去の経験やスキル、
強みをいかに融合させるか。
本当の創造性というのは、
ゼロから何かを生み出すことではなく、
そうやって過去に得たものの中から組み合わせて新しく創り出していくことではないでしょうか

私は人間としての最低限の形も追求したい。
ミニマルデザインの「ジェミノイドM」です。
目は動きますが、
顔の造作はごくシンプルなもの

「よくできたね」と褒めるのではない。
「ありがとう、
助かったよ」と感謝を伝えるのだ。
感謝される喜びを体験すれば、
自ら進んで貢献を繰り返すだろう

アマチュア――己の趣味を技量と、
野心を能力と混同している世間の厄介者。

ものの見方を改めれば、
どんなことでも楽しくなる

行為によりて記憶を、
好機によりて思慮深さを、
正確によりて高尚さを、
労苦によりて制御を、
恐れによりて敬虔を、
富みによりて・・

何事も ならぬといふは なきものを ならぬといふは なさぬなりけり

問題に対しては、
時間の90%を解決に集中させ、
残りの10%を問題そのものに使う。

力に訴えようとしたとき、
決してやってはならないことがある。
負けることである。

君は作品を送り続けなければならない。
原稿を引き出しの中でいつまでも眠らせておくなどということは決してやってはならない。
他の仕事に取り掛かっている間も、
何度も何度も繰り返し作品を送るのだ。
もし君に才能があれば、
ある程度の成功を手にすることができるだろう。......

(経験の浅い監督は)試合のたびに一喜一憂している

妊娠中に母を苦しめ、
生れて後は三年父母の懐を免れず、
その洪恩は如何と言えり

大切なのは、
必ずしも闘う犬の大きさではなく、
犬の闘争心の大きさである。

失敗は成功の母である。
落胆と失敗は、
人を確実に成功に向かわせる二つの試金石である。
この二つを自発的に研究し、
何か今後に役立てられることを掴み取ることができれば、
これほどプラスになるものはない。......

人々の力になること、
これは人類の共通の義務なのです

いわゆる十分に力を出す者に限って、
おのれに十二分の力があり、
十二分の力を出した者が、
おのれに十五分の力があることがわかってくる

人は、
愛を求めているからこそ憎しみを持ちます

現代人は何でも知っている。
ただ知らないのは、
自分のことだけだ

過去を変えることはできないし、
変えようとも思わない。
なぜなら人生で変えることができるのは、
自分と未来だけだからだ

不当な非難は、
しばしば擬装された賛辞であることを忘れてはならない。
死んだ犬を蹴飛ばすものはいない

亡き人を案ずるあなたが亡き人から案じられている

(教師と生徒間の)信用っていうのは短い時間でできないから、
だから地道に地道に子供達に信用してもらう為に動くしかない

食欲と性欲って非常に近いんですよ。
でも食のほうがソーシャル。
性っていうのは一対一で個人的、
パーソナルなもの

不幸に耐えられないのは不幸だ。

本当のゆとり教育というものは「詰め込み」が重要になってくると思います。
もちろん、
受験のための詰め込み教育は問題外です。
ここでいう詰め込みとは、
いわば「教養の詰め込み」のこと。
この上積みこそが、......

愛によってのみ「見える」ものが世の中にある

どんな能力をもって生まれたかはたいした問題ではない。
重要なのは、
与えられた能力をどう使うかである

医学部に行かせたい親御さんはつい、
「医学部に入りなさい」と言いたくなるかもしれませんが、
子どもを追い詰めるだけ

やっぱり各論より根本的な原理を探求する研究をしたいと思わなければ本当のサイエンティストとはいえませんよ。
ところが現実には、
各論の中でもとりわけどうでもいいようなことをやってる人が多すぎるんです

父親がガツンと叱るというのは母親の都合に合わせた役割期待です

(打ち上げられなかったら残念でしょう?
)そうですね、
でもイライラしたりはしないでしょう

教科書より講談本のほうがよっぽど面白かった。
ただ、
聞いているだけではだんだん物足りなくなって、
自分でも読みたくなる。
そこで、
母親に『本、......

(どうして、
特許を取らなかったのですか?
の問いに対して)そんなこと出来ますか、
科学の精神に反します

身も蓋もないけど、
人間の能力は生まれつきが一番デカイ

二位と一位は、
えらい差

士は過ちなきを貴しとせず、
過ちを改むるを貴しとなす

友だち同士の間柄でも、
相手の自慢話を聞くよりも、
自分の手柄話を聞かせたいものなのだ

子供の言い分もしっかり聞いて、
じっくりと言って聞かせましょう

母親の愛は特別です。
先生や他の誰に何を言われようと母親が「大丈夫だよ。
そのままでいいんだよ」と一言、
言うだけでその子は救われ、
笑顔でいられます

柔を能く、
剛を制す

神様は私たちの「願ったもの」よりも、
幸せを増すのに「必要なもの」を与えてくださいます。
それは必ずしも自分が欲しくないものかもしれません。
しかしすべて必要なものなのだと、
感謝して謙虚に受け入れることが大切です

人を信ずることは、
もちろん、
遥かに人を疑うことに勝っている。
わたくしは、
人を信じ過ぎる欠点があったとしても、
絶対に人を疑い過ぎる欠点はないようにしたいと思う

哲学とは、
死についての瞑想である。

実行できる人とできない人の違いは、
「弱い意志を、
いかに手法やスキルで補って、
習慣化できるようにしているか」ということにつきます

従順の裏には敵意があります。
従順だという人をあまり軽く見ないでください

冷笑家──視力に欠陥があるため、
ものごとのあるべき姿ではなく、
あるがままを見てしまうヘソまがり。

コミュニケーション能力をフル活用した叱り方をしていれば、
子供のコミュニケーション能力も育つのです。
一方的にガミガミ叱っていても育ちません

大学のダメなところは教育をちゃんとやっていないところ

自分だけが不幸だと思うような子どもたちは、
周りに目が行かなくなっている。
だから靴磨きとか洗濯とか、
人のために何かするべき。
そうすれば『ありがとう』って言ってもらえることで、
明日も生きることができる