名言大学

#料理人

一度自分で仕事を決めたら、
どっぷりとその仕事に浸からなきゃいけな

キミは本当に彼に惚れてるのかな?
僕は惚れてないと思うね。
本気で好きで好きでしょうがなかったら、
彼にどんな過去があろうと、
どんな状況だろうと気にならないはずさ

料理は食べる人の立場になって作ります

美味い料理は、
人をニコニコ、
活き活き、
バリバリ、
元気にいたします

いつも全身全霊で打ち込む。
これは言うは易くなすは難しだ。
根気と志がなければやり遂げられない

(2014年の安倍首相とオバマ大統領の会食の際)お出ししたものはみんな召し上がっていただいた

自分の愛する人のために料理を作る気持ちで、
お客様に料理を作ること

美味しいってのは難しいでしょ

今、
振り返ってみても、
(料理の鉄人は)メチャクチャおもしろい番組だったな。
だって、
料理の原価計算をしなくていいんだよ。
何でも材料がそろっていて、......

毎年、
毎年新しいワインができて、
毎年、
毎年できるワインが同じ生産者でも違う。
新しい技術を入れた入れない、
どうした、......

『食』に携わって生きている私達は、
『食』を通じて皆さんに喜んでいただき、
日本を元気にして参ります

毎日お客さんとの真っ向勝負

厨房で働いている若い人たちにも、
『お客様への思いやりを大切にすること。
それができなければ、
包丁を持つ資格はない』と教えています

自分の仕事に没頭して更に上を目指す。
今で止まるんじゃなくて、
もっと上を目指すということじゃないかなと思います

父の口癖は、
料理を作る人が幸せだと食べる人も楽しめる、
というものでした

僕はマグロ、
海は料理、
泳ぐことを止めたら死んでしまう。
だから死ぬまで動き続ける

美味しいお寿司の基本っていうのはね、
シャリと上のネタの一体感

市場に行かなきゃ魚は見れない。
一番腹が立つのは近ごろの若いやつは注文を電話でするんです。
電話で魚は見えないだろうって

道場さんから「平常心」、
坂井さんからは「集中力」「蓄積」の大切さを学びました

16歳のときに新島のスナックでお客様から「ありがとう」と言われた喜びから始まり、
そう言われる仕事を続けていこうという気持ちがベースにありました。
試行錯誤しながら結果的にソムリエという職業を選びましたが、
僕の原点は常にそこにあります

この業界では多くの人が自分の技術を隠しますが、
父は違いました。
自分が長年研鑽と工夫を積んだ秘訣を伝授し、
そしてまた自分で新しいものを創り出したのです

二人で頑張ってきて女房死んで、
仕事もちょっと嫌になっちゃってね。

食は命を守る大切なもの

たとえばゴルフをやるときに、
雨が降ってきたとする。
そのときに嫌だな、
と思ったら、
それは負けだ。
雨が降ったら、......

中学生の頃、
チャーハンを作るコックさんが鍋とお玉を鮮やかに操る姿、
あのカッコ良さに憧れたんだよね

これでいいってことは、
まず、
ないと思います

サービスの女性が、
客の注文を売切れという理由で断わると、
叱責し、
クビにしました

誘惑に負けてしまうんですよね、
楽をしようと。
職人が楽しようと思うとロクなものにならないんです

私から出た人はみんな二代目なんですよ

企業秘密とか言って教えない人がいるけど、
僕は全部教えちゃう。
教えても(僕と同じようには)できないから

悔しいと思うだけじゃ、
いつまでも負けるわな

千種類の中華料理の味は覚えている。
味と食べた記憶の見た目は覚えている。
そうすると、
自ずから『この味とこの色を出すには、
これとこれが要る』ってことが分かる

量も味のうち

麺絆 心の味

市場に行くと旬が分かります。
行ったらメニューが浮かぶんです。
私“市場六三郎と言われているんですよ

料理人的な発想が身に染みついている

父と僕は違う

今、
来てくれているお客様が大満足してくださるように尽くすことだ

お客様が店に来るのは、
料理人の技術の高さや食材の新鮮さにため息をつくのが目的ではないんです。
自分が楽しむ、
あるいは同伴者をもてなして気持ちいい時間を過ごすためにお金を払うのです

親父の代から働いてくれている方たちの生活をきちんと保障し、
これからも一緒に頑張って、
豊かになっていきましょうと先導していくのが、
僕の役割だと思ったんです

どんなにいびられてもへこたれない僕を見て、
板長のいじめも徐々におさまっていったのです

(体調が悪くなり、
仕事量を減らして自宅での時間が増えた際)退屈でしょうがない。
だから店に行って働いてる方がいいけど、
それだと今度は体がもたない

3年ほど前に、
あと5年経ったら材料が全部変わってくるだろうということを若い者に言っていた。
それが今、
徐々に現実になっていくような気がする

今の条件でできることを毎日、
真剣に考えること。
それが5年後の自分をつくる

全員が美味しいという料理はこの世に存在しない

他人がどう思おうとボクは自分のことをオシャレだと思っているからな

努力してみてでけへんかったら、
それでええやん

(17歳のラーメン修行当時)しんどかったけど手を抜いたことは一度もないよ

自分はお菓子を作ることが自分の生きがい

半歩でも一歩でも二歩でも、
前へ前へ前へ、
そりゃ現役の間は、
ずっと続けてないとダメだと思います

私は皿洗いから始めました。
父は大変厳しかったけれども、
最高の指導者でした

福は無欲、
無為より生ず

ごく簡単でみんなが馬鹿にするような料理が一番難しいんですよ。
特にチャーハン

人生くよくよしたらあかん

できることなら二刀流は使いたくないですけど、
時代に会った料理を作っていくのも、
料理人として大切なことですからね

中国にうまいものなし!!!

よく「お前は駆逐艦か」と言われたものですよ。
それぐらい素早く、
黙々と働いた

健康でありさえすればどうにでもなる。
神に祈るとしたら、
我に健康を与えたまえ・・・・です

(ラーメンの世界はいつから?
)17歳の4月10日から