名言
はじめての町に入ってゆくとき わたしはポケットに手を入れて 風来坊のように歩く たとえ用事でやってきてもさ お天気の日なら 町の空には きれいないろの淡い風船が漂う その町の人たちは気づかないけれど はじめてやってきたわたしにはよく見える なぜって あれは その町に生まれ その町に育ち けれど 遠くで死ななければならなかった者たちの 魂なのだ そそくさと流れていったのは 遠くに嫁いだ女のひとりが ふるさとをなつかしむあまり 遊びにやってきたのだ 魂だけで うかうかと
茨木のり子