名言大学

悲しみ、
苦しみは人生の花だ

人生はつくるものだ。
必然の姿などというものはない

ほんとの幸福というものはこの世にないかも知れないが、
多少の幸福はきっとある

人間の尊さは自分を苦しめるところにあるのさ。
満足はだれでも好むよ。
けだものでもね

人間の、
また人生の正しい姿とは何ぞや。
欲するところを素直に欲し、
いやな物はいやだと言う、
要はそれだけのことだ。
好きなものを好きだという、......

人間というものはベラボーなオプチミストでトンチンカンなわけのわからないもの

人間は生き、
人間は堕ちる。
そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない

青春ほど死の翳を負い、
死と背中合せな時期はない

恋愛というものは常に一時の幻影で、
必ず亡び、
さめるものだ、
ということを知っている大人の心は不幸なものだ

人生の疲労は年齢には関係がない

私は悪人です、
と言うのは、
私は善人です、
と言うことよりもずるい

芸術は「通俗」であってはならぬが、
しかほど「俗悪」であっても良い。
人間自体が俗悪なものだから

恋愛は、
人生の花であります。
いかに退屈であろうとも、
この外に花はない

人間は生きることが全部である。
死ねばなくなる

堕ちる道を堕ちきることによって、
自分自身を発見し、
救わなければならない

夫婦は愛し合うと共に憎しみ合うのが当然である。
かかる憎しみを恐れてはならぬ。
正しく憎み合うがよく、
鋭く対立するがよい

いのちを人にささげる者を詩人という。
唄う必要はないのである

(恋愛とは)所詮幻影であり、
永遠の恋などは嘘の骨頂だとわかっていても、
それをするな、
といい得ない性質のものである。
それをしなければ人生自体がなくなるようなものなのだから。
つまりは、......

運命に従順な人間の姿は奇妙に美しいものである

孤独は、
人のふるさとだ

歴史というお手本などは生きるためにはオソマツなお手本にすぎないもので、
自分の心にきいてみるのが何よりのお手本なのである

非常に当然な話だけれども、
信念というようなものがなくて生きているのは、
あんまり意味のないことである

夫婦は苦しめ合い、
苦しめ合うのが当然だ。
慰めいたわるよりも、
むしろ苦しめ合うのがよい。
人間関係は苦痛をもたらす方が当然なのだから

男女の関係に平和はない。
人間関係には平和は少ない。
平和をもとめるなら孤独をもとめるに限る

私は、
勤倹精神だの困苦欠乏に耐える精神などというものが嫌いである

恋愛は、
言葉でもなければ、
雰囲気でもない。
ただ、
すきだ、
ということの一つなのだろう

生きることだけが、
大事である、
ということ。
たったこれだけのことが、
わかっていない。
本当は、......

人間が変わったのではない。
人間は元来そういうものであり、
変わったのは世相の上皮だけのことだ

人はなんでも平和を愛せばいいと思うなら大間違い、
平和、
平静、
平安、
私は然し、
そんなものは好きではない。......

フロイドは病人の潜在意識をひきだし、
それを病人に語らせたり指摘したりして開放することにより病気を治すことができるというが、
私は信用しませんね

失敗せざる魂、
苦悩せざる魂、
そしてより良きものを求めざる魂に真実の魅力は少ない

私は、
闘う、
という言葉が許されてよい場合は、
ただ一つしかないと信じている。
それは、
自由の確立、......

恋なしに、
人生は成りたたぬ。
所詮人生がバカげたものなのだから、
恋愛がバカげていても、
恋愛のひけめになるところもない

原子バクダンを発見するのは、
学問じゃないのです。
子供の遊びです。
これをコントロールし、
適度に利用し、
戦争などせず、......

生と死を論ずる宗教だの哲学などに、
正義も、
真理もありはせぬ。
あれは、
オモチャだ

崇高な殺人などを冷静に考える低能には救いがない

罪悪感を他に転嫁する口実が成りたてば、
子供は潔癖好きのブレーキをすてて、
好奇心の方へ一方的に走りたがる

そんなに疑るなら、
疑られるようになってみせるわ、
というようなインネンのつけ方は子供には最もありがちな通俗なものだ

だいたい恋愛などというものは、
偶然なもので、
たまたま知り合ったがために恋し合うにすぎず、
知らなければそれまで、
又、
あらゆる人間を知っての上での選択ではなく、......

労働に対する報酬が生活の基礎なのだから、
労働に対して常に適当に報われるという秩序が確立しなければ、
他の秩序も礼儀も行われやしない

物資の秩序をハッキリさせることを知らない人は、
所詮不明朗不健全で、
本当の精神の価値を知らないのである

子供の自発的なブレーキに理解がなく、
徒にシツケの厳格を誇るのは手前勝手で、
子供が反逆して事を起すに至っても、
自分がお手伝いしていたことには気付かず、
親の義務をつくしたことを確信しているのが多いらしい

純などというのはつまらぬ時間の差で、
しかも甚しく誤差の起りやすい要素をふくみ、
わが子に対してそんな判断で安心していると、
長じて忽然と妖怪化して手に負えなくなるのである

粋や通なるものから血の通わぬ名人芸は生れるかも知れないが、
本当に民衆の血とともに育つ一流の芸術は生れない

われわれがそれを期待してよろしいのは、
ジャズや、
ストリップのような、
時代的に最も俗悪なもののなかからだ。
最も多くの志望者と切実な生活の中から現れてくるのだから

親というものは、
子供は案外シッカリしているということを銘記する必要がある

それが生きている時は俗悪な実用品にすぎないものが、
古典となる時に、
芸術の名で生き残る

生きながら、
反時代的な粋や通に愛され、
名人の名をうけるものは、
生きている幽霊にすぎないのである

敗戦後の日本に現れたニューフェースの筆頭は公認された日本共産党であったろう。
しかし、
これぐらい内容拙劣なニューフェースは他に例がなかった

子供を信頼せず、
あんまり疑ると、
そんなに疑るなら本当にやってしまえ、
という気持が次第にたかまり、
口実あらば実行せん構え十分になるのが普通である

坂口 安吾(さかぐち あんご、1906年〈明治39年〉10月20日 - 1955年〈昭和30年〉2月17日)は、日本の小説家、評論家、随筆家。本名は坂口 炳五(さかぐち へいご)。

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