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○○も、ちょっと工夫でこの美味(うま)さ!
神田川俊郎
名言カテゴリ
#料理人
神田川俊郎
神田川 俊郎(かんだがわ としろう、本名・大竹 俊郎(おおたけ としろう)、1939年11月15日 - 2021年4月25日)は、日本の日本料理人、料理研究家、実業家。京都府京都市出身で、「神田川本店」店主、全日本調理師協会名誉会長を務める。
人物カテゴリ
#料理人
神田川俊郎の名言
冷蔵庫は家庭の金庫
『食』に携わって生きている私達は、『食』を通じて皆さんに喜んでいただき、日本を元気にして参ります
努力してみてでけへんかったら、それでええやん
美味い料理は、人をニコニコ、活き活き、バリバリ、元気にいたします
私たちは、「日本料理」のファンでいらっしゃる方々に満足していただけるように、これからも「創意工夫」を重ね、「進化」と「変革」を実行してまいります
料理の道に終着駅はありません
「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録され、世界に「和食」が認められ注目されるようになり、日本料理を日々極めていく我々にとって非常に誇り高く、真の「日本料理」を継承し、今の時代だからこそできる新しい日本料理を生みつつ、技術と感性を伝承していこうという意欲と使命感が改めて増した年でもありました
写真やったら「難しそう」って思われるかもしれませんが、そこはやっぱり神田川は「奥さんの味方!」ということでお家にあるもので簡単に出来るようにレシピを作っています
できないとか言ってしまうとそれまでやけど、出来ることは出来るだけする。これ私のスタイル。まあ、50年以上このスタイルやからもう治りませんな(笑)けど、お客さんに喜んでもらったら一番や
人生くよくよしたらあかん
花に水、人に愛、料理は心や!
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父と僕は違う
たとえどんな逆境にあっても、僕よりつらい男は世の中にたくさんいるんですね。そう思うと、むしろ、逆境にある喜び、みたいなものを感じるんですね
いいワインの方が若いうちはちょっとゴツゴツしてて、飲みづらくて、寝かせば寝かすほど、段々段々まろやかに柔らかくなってくる
よく、自分が以前に働いていた時の客をとっては悪いな、などと言う人がいますが、僕は商売とはそんなもんじゃない、と思っています。自分が生きるか死ぬか、という時にそんな「きれい事」を言ってたんじゃ、生きのびてはいけない
85(歳)になっても、さぁ今辞めようかという気はあまりありません
創造力を身につけるためには、五感をフルに使うことが大事なんですね
(一つの店にこだわる理由は?)自分の手から離れた時に自分のモノ(作品)でなくなってしまうっていうところでプロデュースとか、よそに店を出すとかできないんですね。性格的な事だと思います
毎年、毎年新しいワインができて、毎年、毎年できるワインが同じ生産者でも違う。新しい技術を入れた入れない、どうした、ああしたっていうのをずっと情報を得ていかないといけない
メディアの力は怖いからね。お客さんは「絶対においしくてサービスがいい」と思って来店してくれ、「次はもっと」と期待する。もし、あそこで有頂天になっていたら、うちの店はないと言い切れますよ
客に店に来てもらうために、どんなことでもキメ細かく対応していかなければならない、ということだと思うんです
東京の一流料亭「新喜楽」の女将だった木村さくさんが当時、所得番付の一位だったんですよ、確か。僕はすごいもんだな、と感心して、この店に入りたいと思ったんです。ちょうど金沢の「治作」という店の主人のつてがあって、結局「新喜楽」に入ることができたんです
16歳のときに新島のスナックでお客様から「ありがとう」と言われた喜びから始まり、そう言われる仕事を続けていこうという気持ちがベースにありました。試行錯誤しながら結果的にソムリエという職業を選びましたが、僕の原点は常にそこにあります