名言大学

友だちに貸したお金は、
まず返ってこないものと覚情しなければならない

壁にぶつかった時は、
壁の前でうろうろしてなさい

会社のために仕事するな。
自分が面白いと思うものをやれ。
個人の夢を現実にするために、
会社を利用しろ

これからの時代は、
面白いだけじゃだめです。
その先にテイスト(味)がないと

俺、
調整下手だよ。
調整じゃないよ。
俺はケンカしに行くんだよ、
上と。
編成と。......

(「THE MANZAI」の誕生秘話について)セットの後ろに縦に字を『MANZAI』ってね、
ローマ字で書いてあったの。
僕ね、
その時はね、
本当に頭に電流が走りましたよ。
ビーンって

失敗の悔しさを忘れないこと、
こだわり続けて生きることが大切

番組を観ていると、
なんだかとても簡単に作っているように見えるでしょうが、
実はハプニングにこだわっていろいろなリスクを負っているのです。
ですから、
腹が据わっていなければできません

普通は「この人だったらいい」とか「この人はダメ」とか、
番組サイドで吟味をするわけですが、
僕らはそういう基準は作らず、
だれでもOKでした

(「笑っていいとも」について)有名なゲストが出てくる時でも、
新聞の番組欄などに名前を絶対に入れないことにしていました。
前もって決まっているわけではなく、
すべて「ハプニング」ですから絶対に入れませんでした

番組がヒットした理由は、
それまでは深夜時間のタレントとされていたタモリを起用したこともありますが、
僕が思うに、
情報を薄く伸ばしたことではないでしょうか。
普通はたくさんの情報をなるべく多く詰め込みますが、
そうではなくて、......

今のバラエティーを観ていると、
ほとんど僕たちの考えたようなやり方、
そのままです。
これはすごく情けないです。
近い将来、
こんな調子でテレビが続いてしまうと、......

八十年代半ばに始まった番組で放映終了から十年以上経っていますが、
未だにその流れ(自分のやり方)がテレビのバラエティーに残っているというのは、
僕はひどいなと思います。
もう、
変えなければ

みんな売れっ子だから、
忙しくて収録日に集合しないわけです。
一番来ないのは吉本の芸人でした(笑)仕方がないので、
今までの作り方をやめたのです

『ひょうきん族』はそれまでのお笑い番組と違って、
段取りだけ決めたら、
あとはカメラを回して、
その場の雰囲気やアドリブを大切にするというやり方でした。
これが視聴者には、
とても新鮮に受け止められたようです

みんなが遊んでいるのを脇で見ている経験が重なって、
自分のフィルターを通して物事を見る姿勢が身につきましたし、
後にプロデューサーになって人間を観察する上でとても役に立ったと思います

スタッフには「絶対に仕込んじゃダメ」と言っていました。
どうしても準備して仕込みたくなってしまうんですが、
それをこらえてじっと我慢するんです

活気ある社会をつくるため、
人材の流動化に対して寛容にならないと、
いつまでたっても日本人は「個」を確立できません

入社試験の面接も、
自分を売り込むプレゼンテーションと考えて、
ダメ元でピンクに髪を染めていくとか、
僕だったら目立つことを考えます。
「なんだ、
その髪は!」と言われたときに、......

これからは、
会社ではなく、
自分自身のこだわりのために尽くす時代です

「笑い」は何かといったら、
「間」です。
一瞬のうちにその場の空気を敏感に読み取るセンスを体得し、
臨機応変に笑いを提供して、
どんな客でもさばけるようになるには最低10年かかります

60歳の定年を前にして、
ボクが転職を決意したのは、
残り少なくなった人生を、
大好きな「笑い」に賭けてみたいという、
いたって単純な発想でした

進路で何が一番大事かというと、
やはり自分のやりたいことにこだわり続けるのが大事なんじゃないですか。
利口ぶってやるよりも、
アホになってやる方がもっと世の中が広く見えるよ、
というのが僕の今の基本的な考え方です

「高収入でかっこいい仕事ばかりを求めても生きていけないよ」ということを、
僕は身をもって若者に言いたいです。
そんなものはありません

黒柳徹子さんが『笑っていいとも!』のゲストで登場した時には、
番組中にずっとしゃべりっぱなしだったことがありました。
でも、
それは無理してそうしたわけではなくて、
成り行きでそうなったのです。
その代わり、......

テレビというのは、
誕生した当初から目標にしていたメディアが映画でした。
ああいう完成度の高い、
芸術的なものをなんとかしてテレビのドラマでも作りたいという人がテレビの世界に入ってきたわけです

もし、
いま転職を考えている人がいれば、
家族のためとか給料や世間体がいいからといったことではなく、
自分の能力や好みやキャリアなど、
自分の個性を生かせるかどうかという視点で考えるべきだと思います

笑いを通して社会に貢献している

ボク自身は、
最後の最後まであくせく登り詰めるのではなく、
ある年になったら登りと同じくらいのエネルギーを使って人生の下り坂をゆっくり下りていくという感覚が気持ちいいのです

ある年齢までは全力疾走が似合いますが、
いつかはスピードをゆるめ、
周りを見渡す余裕もほしい

誰もが自信を持って生きる場所を自由に選択できる、
つまり「個」が尊重される社会では、
人材の登用もフレキシブルなものになって、
ヨコの移動も当たり前のことになるでしょう

横澤 彪(よこざわ たけし、1937年12月15日 - 2011年1月8日)は、日本のテレビプロデューサー。通称・オジン。