よしや小説の目的たる人情世態は写しいだして其真髄に入るよしありとも、脚色繁雑しければ読むに煩わしく、布置法宜しきを得ざるときには奇しき話譚もあぢはひ薄かり。読者もかかる物語は中道にして読むに倦みて、いまだ佳境に入らざる前に全く巻を擲抛ほうりだすべし。故に小説を綴做すは、猶ほ一大文章をものするがごとし。結構布置の法なかるべからず、起伏開合の則なかるべからず、趣向に波瀾あり頓挫あり、記事に精疎あり繁簡あり、且つまた模写する情態にも斟酌しんしゃくの法存すればこそ、よく読む人を感動して音楽、詩歌にも恥ざるべき美術の誉れを得ることなれ