名言大学

#任天堂

コンピュータを全く知らない人って、
やっぱり無謀なことを提案してしまうので、
どうやって創ればいいのかが本人にも周りにもわからないんですよ

面白いものを作らなくちゃいけない

大好きなことに打ち込む

安心して「バカもん!」と言える人と、
腫れ物に触るように叱らないといけない人がいるんですよね。
で、
これはねぇ、
ものすごい差なんです。
こちらから与えられる量も、......

特定のものだけをライバルだと考えますと、
「そのライバルにいかに勝つか」という発想になるんですね

昔の国際電話は上空36,000km離れた衛星を利用していたから,返事が届くまで信号が2往復するのに0.4秒のタイムラグができる

行動は所詮仮説にすぎないのでまちがっているかもしれませんが、
少なくとも「ここがボトルネックになっているはずだからこれをこう変えれば全体がこうよくなるはずだ」というふうに行動しなければいけないのに、
わりとそれができないものですよね

トップになるには多くの努力を仕事に払う必要がある

成功体験が変化に順応できないというのは、
まさにそれなんですね

わたしの場合は、
自分の好奇心はどこに向いていて次に何を訊いたら、
いろんな読者の方たちが面白いと思ってくれるだろうかと思いながらいつもやっているんです。
それがとても面白いので、
この「社長が訊く」をずっと続けているんですね

海外のゲームデザイナーの人の傾向は、
まずゲーム全体の世界観を語ってアートもつけて、
それを本にしてしまうんです

逆にわたしはそういう批評家や評論家ではいたくないんです

せっかちな性格が出るんでしょうね

利益が大事な人もいれば、
利益なんかどうでもいいという人もいれば、
利益はちょっと欲しいけど、
他の要素も大事という人もいれば、
さまざまなんですよ

わたしは山内さん(前任社長)のことを強く尊敬していますし、
「こんなにすさまじいことを、
自分はおなじようになしとげられるとは到底思えない」とすごい敬意を持って見ています

そのときそのときで自分でよいと思って行ったことが後々ビックリするような結果につながった

熱狂するファンがいる一方で、
実は声を出さずに立ち去った人たちが多いのではないか

なぜ我々はゲームをつくるのか。
関西風に言えば、
一人でも多くの人にウケたいからです。
人が喜んでくれるのがたまらなくうれしい。
それが生きがいです

うーん・・・・世の中の変化がゆっくりだった時代が、
長くつづいたんですね。
何年ものあいだおなじ方向のおなじ考えかたが通用して、
それが成功をくりかえしているとそれによって成功の体験をした集団というのができますよね

『マリオ』とかのシリーズものっていうのは、
誰にでもわかるというか、
ゲームをしない人が怖がらないようなソフト

人と違うことをするのは常にリスクを伴いますが、
不可能だと思ったことを可能にできる自信がつけば、
みんなが新しい道に進もうとする

わたしはいつもそうなんですが、
好きか嫌いかではなく「これは、
自分でやるのがいちばん合理的だ」と思えば覚悟がすぐに決まります

私は任天堂の社長をやってますけど、
絵は描けませんし、
作曲ができるわけでもない。
立場上私は上司で社員は部下かもしれませんが、
ひとりひとりの社員は私のできないことを専門的にやっている人たちであるともいえます。
そういう人たちに対して、......

常にがむしゃらに目先のことを追い続けてきた

アイディアがまとまるのは、
お風呂に入ってる時かな。
お風呂で浮かんだアイディアはかなり正確ですが、
逆にアテにならないのが布団の中のアイディア

世の中のありとあらゆる改革は現状否定から入ってしまいがちですが、
そうするとすごくアンハッピーになる人もたくさんいると思うんです

仕事が苦役だなんて考えたことは一度もありません。
むしろどんなに苦労をしたって、
それが世の中で話題になって、
いろんな人が笑顔になっていくのをこの目でみられるのですから、
こんなに恵まれた仕事はないと思っています

自分が何に向いているかや、
どうすればそれを伸ばせるかは、
頭で考えているだけでは、
なかなかわからないかもしれません

業界自体は明らかに先細りなのだという現実に、
思わず冷や汗が流れました。
えらいときに社長を引き受けてしまった、
と思いました

わたしは、
そのことはよく意識するようにしてきました。
これは自分がコンピュータをやっていて得意だったことのうちのひとつです

プログラムではよく「極端ないいかたでいえば、
全体のなかの一%の部分が、
全体の処理時間の七割から八割を消費している」などといわれるぐらい、
そこばかり何回も処理していることがありえます。
だからそのボトルネックになっているところを直さないかぎりは、
そうじゃないところをいくら直しても意味がないんですね

「本当にやりたそうにしてる人」に仕事は渡したいんですよね

みなさん、
Googleという検索システムの名前を聞いたときはどう思いましたか?
レクサスというクルマが登場したときは?

最近ではめずらしい、
ゲームらしいゲームが出来ました。
でもはじめはぜんぜん評価してもらえなかったんです

新しいスタンダードが創りたい

コンピュータの世界にも、
誰かと一緒に仕事をする世界にも、
じつはすごい共通点がいっぱいあって、
その共通点を見つけることができたためにわかったことみたいなものがいっぱいあるんです

かつては茶の間でコントローラーを奪い合い、
ギャラリーも一緒に楽しんだ。
それがコントローラーは複雑化して差し出すと後ずさりされ、
ギャラリーも消え、
一人暗い部屋で遊ぶイメージになってしまった。
もう一度茶の間に持ち出して家族全員で触ってもらえるものにする

レジそばの大福の件にしても、
あれは誰かがあそこに偶然、
あるいは「ひょっとしたら」といって置いたらそれがうまくいったということであって、
あとづけで理由がついたに決まっていると思うんです

プログラマーは、
ノーと言っちゃいけない(どんな困難な要求でもノーと言った時点で企画そのものが駄目になる)

ウケるというのはお店で何個売れるということじゃないんです。
買ってくださるのはどんなお客さんで、
すぐにやめちゃったのか、
それともずっと遊んでくれてるのか、
どっちも1個の売上げですがそれを知るのと知らないのでは次のステップで考えることが違ってくるんですね

わたしが見つけた天才の定義があります。
人が嫌がるかもしれないことや、
人が疲れて続けられないような事を、
延々と続けられる人、
それが「天才」だとわたしは思うんです

成功の体験をした集団というのは変わることへの恐怖があるものですが、
いますごく意識するのは、
環境がすごい変わって、
人の考えかたがすごく変わって、
お客さんがすごく変わって、
情報の伝わりかたがすごく変わっているわけじゃないですか

それをちょっとちがう言葉で表現しますと、
わたしはきっと当事者になりたい人なんです。
あらゆることで傍観者じゃなくて当事者になりたいんです。
だけどその一方で当事者になるというのは自分の利益のためではないんです

自分は、
他の人が喜んでくれるのがうれしくて仕事をしている。
それはお客さんかもしれないし、
仲間かもしれないし、
仕事の発注者かもしれないけど、
とにかく私はまわりの人が喜んでくれるのが好きなんです。......

リスクをとらないところには達成感はないですから・・・・といってしまうと、
根はバクチ打ちなのかなぁ

自分が何に向いていて、
何をすれば周囲に認めてもらえるかを一生懸命探していれば、
必ず仕事のチャンスはくるし、
そういう人のところに運も巡ってくるんじゃないでしょうか

社員数も規模も総合力も格段に勝るソニーさんやマイクロソフトさんを相手にいかにパワーゲームで勝つかではなく、
任天堂のゲームに何の興味も示さなかった人たちがどうすればこっちを向いてくれるかを考えることに圧倒的な時間を使った。
私は競合意識の非常に低い経営者です

レッドオーシャンでマーケットの取り合いをするなら競合に目を向けるでしょう

任天堂がこれほど短期間に大きな変化を起こすことができたのは、
幸運との出会い抜きには語れません

ゲームがうまい人じゃなくっても、
「インクを塗るのが楽しい」とか、
シューターというゲームになじみがなくても「すごくおもしろい」と言ってもらったりと、
いろんな人たちに、
さまざまな感想を持ってもらえたらうれしいですよね

5歳から95歳まで誰でも同じスタートラインでゲームを楽しんでもらうのは決して不可能ではないことを脳トレは証明してくれた

モデル化を単純にするほど考えやすくなるから単純なモデル化には魅力があるんです

社長になって統計資料をみてみると、
日本のゲーム産業のソフトウェア出荷額は97年から下がり続けている

出口の見えないときは、
つくりながら考える。
一歩進むと根っこのコンセプトが具体的なアイデアで補強され、
骨太になっていく。
数えきれないやり取りの中でコンセプトが浸透し、
共有され、......

ここをこういうふうにしたらもっと面白くなるという意見を集めて、
そのとおりにすれば、
本当に売れるかといえば、
絶対にそんなことはない

「それは他にない」とか「ゲームがこのテーマを扱ったことはなかった」というようなことが大事

「後悔したくないし、
力があるならそれをぜんぶ使おうよ」という感じなんですね

腰引かずにバット振ろう!みたいなのがね、
最近のモットーなんですよね。
思いっきり振ったら当たれば飛ぶ

僕らは常に未来の理想に向けてではなく、
今やれる最高のことだけを目指してきた

プログラマー出身ですから、
先端技術にひかれますし、
美しいグラフィックに魅せられることもあります。でも、
同時にその製品に私の家内が興味をもつか否かも気になるのです。
それが自分の考えを補正するのに役立ちます