名言大学

一般に外見は立派だと中身まで良くなったと勘違いしてしまう

遊んでいるように見える小鳥だって、
天敵から逃げたり戦ったり、
食べるために必死で餌を探して営々と努力しながら生きてきているのです。
人間も同じことだと思います。
のほほんとしてはいれられないと思うのです

豊かさは自分の心で感じるもの。
不便さは何とでもなる。
最後は自分の五体で何とかなる

生きていくためには、
足し算ばかりでもダメ。
引き算ばかりでもダメ。
掛け算も割り算も大切

できない理由が分かればしめたもの。
それを解決すればよいのだから

生きていくのには苦労はつきもの、
それが当たり前という前提に立てば苦しくない

生まれた時は自我ばかり、
生きるためには自制と自律がなければ

よく「何でそんなに頑張ったのか」と聞かれるが頑張ったのではなく頑張らざるを得なかった

人間は健康でなきゃいけないし、
頭は利口でなきゃいけないですね

済んだことは済んだことで、
愚痴を言っても始まらない

生きることは夢や希望や目的を持つこと。
それらは教えられたり強制されたりしても湧くものではない。
自分で創り出すしかない。
甘えてはいけません

計画どおりにいかないことは沢山あるが思い通りにはいくものだ。
不満などどうってことはない。
自分の満足度を少し変えればよいのだから

誰でもボタンの掛け違いをする

私は行方不明者でも遭難者でもなかった。
私はただ任務を遂行していただけ

世の中には出来そうにないことでも、
やらなければならないことがあるし、
できることでもやってはいけないことがある。
この判断基準こそが、
その人の価値を決める

地図ばかり見ていると、
迷子になってしまう

先のこと、
毎日ことは自分で何とかしなくちゃいけない。
だって、
自分以外は誰も何もしてくれないんですから

やってしまったことは「しかたがない」これからどうするかだ。
くよくよ負け犬になってしまう。
負け犬は遠くから吠えるだけで向かってこない

危機なんてどうってことはない。
ルパング島では毎日が危機だった。
負けたわけではないし、
死んだわけでもない。
危機は乗り越えればいい

最後は自分で判断し、
行動しなければなりません

約束の時間に遅れれば、
その時間の分だけ待たせた人の人生を無駄にさせる。
約束を守れない人は信用されず、
自分の人生を無駄にすることになる

コンパスは方向は教えてくれるが川や谷の避け方は教えてくれない

反省はさせられるものではなく、
自分で自らするもの

死というものを考えたうえで、
毎日毎日を自分らしく力いっぱい生きていくということで、
自分が思っている以上の大きな力が出るものです

できてもやってはいけないこと、
できなそうでもやらなければいけないこと、
これで善悪が決まってしまう

どうせ終わりが来るなら早く死んだ方が楽といって自決する気にもならなかった。
やってみなくちゃわからないんだから

汚名は恐れない。
いつか晴れるから。
結果を恐れる。
どうしようもないから

何事も熱いうちは大丈夫。
冷たくなったらおしまい。
人は熱しやすく冷めやすい

先入観は邪魔物。
物事は一方向から見ただけでは分からないものです

自分では「どうすることもできない」と思っていることでも、
本当は「どうにかしよう」としていないだけではないか

今日は食べられなくても明日も食べられなくても、
明後日には何とかなる。
死にはしない

過去は捨てることはできない。
現在は止めることができない。
しかし、
未来は決めることができる

何をやるにも3つの「ど」。
努力、
度胸、
度量

目的がはっきりしていると、
色々切り捨てられる。
「思い切り」というけど、
目的があれば人間は思い切れるんです

人を認めなければいけません。
お互いに認め合う、
それが社会

馬鹿な人は嫌いだ。
馬鹿な人とは頭の悪い人のことではない。
自分勝手で思いやりや常識のない人のこと

疲れている時、
怪我をしている時は、
弱気になってしまう。
満腹な時、
体調の良い時は、
油断をする

強くなければ、
優しくできない

戦いは相手次第。
生き方は自分次第

豊かさは自分の心で感じるもの、
不便さは何とかなる、
最後は自分の五体で何とかなる

若い意気盛んな時に全身を打ち込んでやれたことは幸せだったと思う

貧しくたっていいじゃないか。
乏しくたっていいじゃないか。
卑しくなければ

どうか悩むことなしに、
自分にはやれるはずだと思って生きてください

人間は一人では生きられない

生まれてきたのは、
もう因果なんですよね

人は「生まれて」「死ぬ」これが道理である。
ならば「生かされている」のなら、
とことん生きて、
生きて、
生き抜いてみよう

人生の道案内は人ではない。
物でもない。
それは目的意識である

夢や希望を語るのは思っているだけ。
それを目的に変えなければ達成できない。
「したいと思います」から「やります」に変えるべきだ

恐怖の大半は「自分」が作り出している

力いっぱいの努力をしたことは確かですが、
それは僕の持っていた力であって、
持っていない力が出るはずはありません

小野田 寛郎(おのだ ひろお、1922年〈大正11年〉3月19日 - 2014年〈平成26年〉1月16日)は、大日本帝国陸軍軍人、実業家。最終階級は予備陸軍少尉。旧制海南中学校・久留米第一陸軍予備士官学校・陸軍中野学校二俣分校卒。

情報将校として太平洋戦争に従軍し遊撃戦(ゲリラ戦)を展開、第二次世界大戦終結から29年を経て、フィリピン・ルバング島から日本へ帰還した。

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