ホーム
ホーム
特集
特集を見る
名言
名言を見る
名言一覧
アニメ・漫画
スポーツ
ポジティブ
人生
努力
教訓
Youtuber
勇気
逆境
哲学
愛
幸せ
勉強
社会
成功
死
女性
金
夢
面白い
仕事
学び
行動
オリンピック
人物
人物を見る
人物一覧
アニメ
スポーツ選手
サッカー選手
Youtuber
女性
作家
経営者
俳優・女優
アメリカ
芸能人・タレント
歌手
芸人
政治家
哲学者
宗教家
イギリス
医者・看護師
ジブリ
フランス
芸術家
思想家
検索
検索
名言大学について
概要・理念
運営会社
サイトマップ
プライバシーポリシー
名言・人物を検索
HOME
アニメ・漫画
スポーツ
ポジティブ
人生
努力
教訓
Youtuber
勇気
逆境
哲学
愛
幸せ
勉強
社会
成功
死
女性
金
夢
面白い
仕事
学び
行動
オリンピック
名言
『壺坂霊験記』や『近頃河原の達引』なんて、
お元気だったらどれほど訊きたいことがあるか。
お墓参りしたら教えていただけるといいのですけれど・・・・
片岡愛之助
名言カテゴリ
#文化
片岡愛之助
片岡 愛之助(かたおか あいのすけ)は、歌舞伎役者の名跡。当代の屋号は松嶋屋、定紋は追っかけ五枚銀杏。
人物カテゴリ
#文化
片岡愛之助の名言
セリフをずらずら連ねるのではなく、三人で息を合わせながらお客様に伝えるべきことをきちんと伝えていくやりかたを、きっちりと叔父に教えていただきました
黙阿弥らしい七五調の美文が続き、つい単調になりがちで、せりふの内容がお客様の耳に残らないこともあります
「大川端」は歌舞伎好きのお客様なら「月も朧に白魚の〜」などの名セリフをそらんじているほど有名な場です。しかしかえってそれがむずかしいんです
叔父の仁左衛門に稽古をつけていただいたのですが、叔父は「大川端」のあとの部分はお嬢吉三、お坊吉三、和尚吉三という3人のアウトローの若者が生きて行く姿なのだから、「今」の僕の感覚で演じたほうがいいとおっしゃって、「大川端」だけ稽古してくださいました
伯父の我當には、秋の「永楽館大歌舞伎」(兵庫県豊岡市出石)の興行で、やはり文楽から歌舞伎に移した『近頃河原の達引 堀川与次郎内の場』の猿廻し与次郎を演じさせていただいた際、細かく教えていただきました
沢市は伯父の我當に教えていただきます。もともと祖父の十三代目(十三世片岡仁左衛門)が得意としていたお役ですし、伯父も何度か演じていますので、祖父のやり方を教えていただけるでしょう
今回の和尚吉三は橋之助兄さん(中村橋之助さん)にご指導をいただきます
父(秀太郎)は「この世界で生きていくなら、お父ちゃんの部屋子(十三世仁左衛門の内弟子)になったほうがいい」とおっしゃってくださり、京都の嵯峨にあるお宅まで挨拶に伺いました
父(秀太郎)とは特に共演が多かったわけではなく、僕自身歌舞伎俳優になろうとも思っていませんでした。でもそれがきっかけとなり、歌舞伎の世界に入ることになりました
でも子役を勤めているうちに学校に行けないことが増えて、だんだん勉強がわからなくなってきたので、「そろそろやめようか」と実家の両親と相談していたのです。そうしたらその月に、現在の父の秀太郎から「うちに入らないか」とお話があったのですから、まったくの偶然ですね
「着物は苦しい」という人がいますが、それは人に着せてもらっているから。帯を自分で締められるようになれば、楽な着方がわかります。高いと言うけれど、長い目で見たらかえって安上がりですよ。少しぐらい太ったり痩せたりしても着られますから(笑)
浅草で初芝居をご覧いただき、お正月気分をさらに高めていだたけたら嬉しいですね
もっと見る
HOME
/
片岡愛之助
/
『壺坂霊験記』や『近頃河原の達引』なんて、お元気だったらどれほど訊きたいことがあるか。お墓参りしたら教えていただけるといいのですけれど・・・・
関連人物
千利休
#偉人
#文化
中村勘九郎
#俳優・女優
#文化
梅若玄祥
#文化
野村萬斎
#俳優・女優
#文化
本多静六
#文化
中村勘三郎
#俳優・女優
#文化
(五代目)中村時蔵
#文化
松尾芭蕉
#偉人
#文化
関連名言
「羽衣」では、流儀によって「月の色人(いろびと)」と謡ったり、「月の宮人(みやびと)」と謡ったりする一節がありますね。「イロビト」「ミヤビト」の音の違いがありますが、違いはどこから来ているのか、その意味をわかって謡う、把握して演じることが大事です
演じる前は、自分に合わないと思った役でも、勤めてみて世界が開けることもあります
伝統って昔の点のように見えるかもしれないけど、実は過去から現在までずっと続いてきている線なんですよ。時代を経て古くなり、どこかが抜け落ちて点線になれば、その度ごとに自分たちで間を埋めていっているんです
先輩俳優が、“踊れないやつに限って踊るとおっしゃっていました
テントでの芝居をいつかやりたいという願望は消えなかった。それが5年前の平成中村座立ち上げの原点ですね。浅草の隅田公園に江戸時代の芝居小屋のような仮設劇場を設営して「法界坊(ほうかいぼう)」をかけましたが、それはやはり古典を続けてきたからこそ、お客様に喜んでいただける破り方ができたのですね
自分たち(七之助さん)は「まだまだ」という気持ちを各々が常に持ってやっています
僕自身も、狂言師の宿命を背負って生きることに負の意識を抱くこともありました。宿命を力に変える部分で、杉の市と類似するものを感じます。私ももう立派な中高年ですが、杉の市の享年28の人生を生きてみて、己の生き方についても考えさせられましたね
型のために型に忠実であるのではなく、型を身につけてしまえば、型はむしろ自分に忠実なものとなり、自然にできるはずだ
(萬斎さんは厳しい師匠ですね)そりゃ稽古中はコワイですよ(笑)でも狂言の楽しさも教えながらでないと、付いてこられない。僕が15歳のころは、狂言が楽しいとは全然思えなかったですから
生意気の上に、努力が加わらないといけません。そうすれば皆が納得する。努力できる役者づくりが、能を活性化する一番だと私は思っています。これ以外ないでしょう
他人のためにやってうまい人もいます。でもそれは苦しみでしかないと思うんです。少なくとも私はずっと自分のためにやってきました。もちろん、それは自分さえよければいい お客様はどうでもいいというのとは全く別の問題です
原石を磨く過程に迫るのは、すごく面白い