人物
家をおこすも子孫なり、
家をやぶるも子孫なり。
子孫に道をおしへずして、
子孫の繁昌をもとむるは、
あくなくて行くことをねがふ・・
悔(くい)は凶より吉に赴(おもむ)く道なり。
このたから(真理)は天にありては、
天の道となり、
地にありては、
地の道となり、
人にありては、
人の道となるものなり。......
それ学問は心の汚れを清め、
身の行いを良くするを以(もっ)て本実とす。
胎内にある間も母徳の教化あり。
天地の間に、
己(おのれ)一人生きてあると思ふべし。
天を師とし、
神明(しんめい)を友とすれば、
外(ほか)人に頼る心なし。
中江 藤樹(なかえ とうじゅ、1608年4月21日(慶長13年3月7日) - 1648年10月11日(慶安元年8月25日))は、近江国(滋賀県)出身の江戸時代初期の陽明学者。近江聖人と称えられた。諱は原(はじめ)、字は惟命(これなが)、通称は与右衛門、藤樹と号した。