名言大学

僕の漫画『大家さんと僕』は、
仲良くなった大家のおばあさんとの暮らしを描いたもの

コントロールできないものがあることで可能性が広がる感じはしますね

38歳の時に漫画を描き始めました

様々な知識に触れるうちに、
無意識に身についたものが、
結果的にその人にとっての『教養』になるのではないかと思います

自宅の庭に父の仕事用のアトリエがあって、
棚には資料や絵本がいっぱい。
そんな環境で育ったので、
自然とよく眺めていた(父親は絵本作家のやべみつのりさん)

あるレギュラー番組でご一緒した俳優の黒沢年雄さんに『評価は人がするもの。
自分で決めないほうがいい。
とにかくやってみればいいから』と言われました。
〜中略〜 その言葉ですごく気持ちが楽になりました

20代の終わり頃、
そろそろ若手と呼ばれなくなり、
その言葉に甘えられなくなるなと思ったら、
不安になって何か特技がほしくなりました。
それで気象予報士の資格を取った

まさか僕も、
大家さんとこんなに仲良くなるとは思わなかった

僕って最低限の収入があれば満足で、
お金のことは正直そんなに気にならない

新しいことに挑戦するのが苦手

1階には大家のおばあさん、
2階にはトホホな芸人の僕。
挨拶は、
ごきげんよう

漫画は舞台などとは違って家で1人で描けますから、
これからも描いていきたい

大家さんの存在をいつも1階に感じるから1人暮らしっぽくないのかも

毎週、
大家さんに読んでもらえると思って(大家さんと僕を)描き始めた

大家さんがかわいらしくて、
素敵だったというのを描きたくて・・。
(その時)読む人がどう思うかは考えてなかった

大家さんって掃除好きですよね

全力で漫画を読んでいたこととか、
芸人として仕事をして創作に関わってきたこととか、
子供の頃、
絵を描く仕事をする父の背中を見ていたこととか、
なんだかすべては無駄ではなく、
繋がっている気がしています

僕が「超」「ヤバい」みたいな言葉遣いをすると大家さんから注意される

(大家さんと僕の執筆にあたって)僕一人の判断だったら尻込みしていたかも知れません

大家さん(の人柄)も家を選ぶ要素として、
大事だなと実感しています

僕の所属する吉本には、
大家さんのような美しい言葉遣いをする人はゼロです

お見送りをしたいまは、
大家さんと過ごした日々を思い出しながら、
ただただご冥福をお祈りするばかりです※自身が手掛けたエッセイ漫画「大家さんと僕」のモデルとなった大家さんの訃報を受けて

でき上がった分は毎回大家さんにお渡ししていました

今は本を日常的に20冊くらい並行して読んでいます

子供でも読める気軽さがビジュアル本の魅力なんでしょう。
幼いながらに『人間は小さい存在なんだ』って感じとっていた気がします

周りの人に大家さんの話をするうちに、
ああこれはもしかして、
家族なのかもしれないってだんだんわかってきました

小さい時はよく父と一緒に描いていましたが、
特に絵を習ったことはないんです

僕には“おばあちゃん体験があまりなかったんです

大家さんとの出会いは僕のターニングポイントになりました

芸人になって長く経ち、
次第にすり減り、
人生の斜陽を感じていた僕がいま、
ここにこうしていることも、
半年前には想像もつきませんでした

(漫画は何を使って描いてるの?
)ペンタブレットを使っています

(人生に影響を与えた本は?
)東村アキコさんの『かくかくしかじか』です

僕はやっぱり、
入江君が隣にいると一番安心するんです

芸人ならオドオドした性格もむしろ長所として捉えてもらえる

漫画も別にお笑いに特化したものにする必要はないんだと思え、
楽な気持ちで臨めました

お笑い芸人が僕の本業なのですが、
人前でうまくしゃべることが苦手です

大家さんから必要としてくれてるなっていう感じがして、
それが嬉しかったのかもしれません

矢部 太郎(やべ たろう、1977年6月30日 - )は、日本のお笑いタレント、漫画家。吉本興業所属。カラテカのボケ担当。

東京都東村山市出身。父は絵本作家のやべみつのり。愛称はタロウちゃんなど。先輩に同じ苗字であるナインティナインの矢部浩之がいるため「カラテカ矢部」とも紹介される。

本・作品