名言大学

「ここまでいきゃあいいんじゃないか」「この辺が限界ではないか」「いまさら原点に戻るのか」。
そこそこの成果を得たのにやり直して続けることに、
いろんな声がありました。
私の前でははっきりと言いませんけど。
でも、
私は「ここが始まりだ」と思った。......

小さくても存在するということは、
可能性は「ない」ではなく「ある」なんですね。
これを全体に広げようと、
結晶成長という学問の原点に戻り、
ゼロから新しい方法に取り組みました

昔から、
試験でも一番難しい問題から取り組む性分。
実用化の見通しが全くない青色LEDこそ自分のやるべき仕事だと思いました

一番大事なことは好奇心。
疑問をそのままにしないで、
それを大切にすること

戦後は日本の産業に貢献したいという思いがありました

決して私ひとりでできた仕事ではなく、
一緒に仕事をしてきた仲間や組織の大きな支えがあった

ちょっと半分サプライズで、
こんな名誉なことはない。
これ以上の名誉はないと思っている。
とりわけ、
松下電器の研究所、
名古屋大学、......

当時LEDは赤と黄しかなく、
青色がなかった。
つまり難題が残されていた。
それを選ぶかはその人次第。
それが運だった

私がときどき言っているのは、
あまり流行の研究にとらわれないで、

最初のころは(青色LEDは)20世紀中にはできないだろうと言われていたので、
どんどんやめていく人がいましたが、
私はちっともそういったことは考えていなかった。
成否は考えず、
ただやりたいことをやっていた

楽な方法などないし、
成功を手にしたいと思えば、
誰でも愚直にコツコツと努力する以外にないんです

自分の本当に好きなことをやりなさい。
本当に好きなことだったらたとえ上手くいかずに落ち込んでも、
また立ち上がって続けることができる

私はよく言っています。
「失敗は恐れてはいけない。
失敗しない人は成功もできない。
」「成功者は誰だって失敗している」と

仕事に命を懸ける楽しみ命を懸ける喜び。
そういったものを持たずして何も生まれない

こちらがうまく話せなくても、
向こうがこちらの内容を聞きたいもんだから、
何回も尋ねてくるんです。
ほとんどそれでくぐり抜けてきたんじゃないかな

生まれ育った鹿児島では、
誰から言われるでもなく「沈黙は金 雄弁は銀」という雰囲気があって、
自然に身についていました

海外では「セレンディピティ」(偶然の重要な発見)と紹介されたこともありますが、
結晶をとことんキレイにするという半導体づくりの王道を貫いた結果なのだから、
偶然ではなく、
むしろ「必然の発見」だったのではないでしょうか

窒化ガリウムは、
青色LEDの材料の候補のなかでも、
結晶を作るのが難しいものでした。
ガス状の原料を、
サファイアの基板の上に降り積もらせ、
1千度ほどの高温で結晶化します。......

吾が道、
一を以て之を貫く

私たちが81年に、
当時としては注目すべき成果を国際学会で発表した時も全く反応がなく、
「我一人荒野を行く」心境でした。
そのころ、
出席者の誰一人として、
窒化ガリウムに関心を持つ人がいなくなっていたのでしょう。......

赤 勇(あかさき いさむ、1929年(昭和4年)1月30日 - 2021年(令和3年)4月1日、文化勲章、文化功労者受章。『 高輝度青色発光ダイオードの発明 』で2014年度ノーベル物理学賞を受賞。