名言大学

世の中に人の来るこそ楽しけれ とはいうもののお前ではなし

世の中は色と酒とが敵(かたき)なり どうぞ敵にめぐりあいたい

昨日まで 人のことかと思いしが おれが死ぬのか それはたまらん

世の中に 苦はなきものを 我とわが 楽を求めて 苦しみぞする

眼と口と耳と眉毛のなかりせば はなよりほかに知る人もなし

世の中に人の来るこそうるさけれ とはいうもののお前ではなし

朝もよし 昼もなおよし晩もよし その合い合いにチョイチョイとよし

大田 南畝(おおた なんぽ、寛延2年3月3日(1749年4月19日) - 文政6年4月6日(1823年5月16日))は、天明期を代表する文人・狂歌師であり、御家人。 名は

ふかし
、字は子耕、南畝は号である。通称、直次郎、のちに七左衛門と改める。別号、
蜀山人
しょくさんじん
、玉川漁翁、石楠齋、杏花園、遠櫻主人、巴人亭、風鈴山人、四方山人など。
山手馬鹿人
やまのてのばかひと
、も別名とする説がある。狂名、
四方赤良
よものあから
。また狂詩には
寝惚
ねとぼけ
先生と称した。法名は杏花園心逸日休。