「まず嫁が最初に作品を聴く人ですから。最初の客ですからね。提出して聴いてもらって、「ピンと来ない」って言われたらもうアウトなんですよ。最近は「これでいいの?」って言うんです。「なんで?」って聞くと、「遺作になるのかもしれないよね。これが遺作になっていいの?」って。誰からのプレッシャーより厳しいですよね」
宇崎竜童
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「まず嫁が最初に作品を聴く人ですから。最初の客ですからね。提出して聴いてもらって、「ピンと来ない」って言われたらもうアウトなんですよ。最近は「これでいいの?」って言うんです。「なんで?」って聞くと、「遺作になるのかもしれないよね。これが遺作になっていいの?」って。誰からのプレッシャーより厳しいですよね」
宇崎竜童
「大学時代に周囲の友達や先輩、親兄弟にも誰かれなく「詞を書いて」って頼んでいたんです。阿木(燿子)もその中の一人だった」
宇崎竜童
「本当は作曲家になりたいっていう気持ちがどこかにあった」
宇崎竜童
「音楽に興味を持ったきっかけは、映画とFEN※FEN・・米軍基地関係者とその家族に向けた英語のラジオ放送」
宇崎竜童
「(当時)オリジナル作るヤツがいるんだったら誰彼かまわず口説いてレコードデビューさせるとか、そういう時代でしたから。だから僕は何かデビューのために努力したかっていうと、何もしてないわけですよ。言ってしまうと、「運」」
宇崎竜童
「僕はこの業界でマネージメントっていう仕事からスタートしているんですね」
宇崎竜童
「阿木(燿子)は僕の人生のプロデューサーです。阿木がどこに向かっているかで僕の行動は決まっちゃう」
宇崎竜童
「(小学3年生の頃)学校の朝礼で「子どもが歌謡曲を歌うのはよくない」と言われたんです。だけど僕は『Heartbreak Hotel』をデタラメな英語で歌っていたみたいなんです。それを聴いた同級生が先生に「(宇崎さんが)歌謡曲を歌っていた」と密告して、学校に母親を呼ばれたんです。」
宇崎竜童
「(中学3年生まで代々木上原に住んでいた頃)近所には、森山良子さんとか、かまやつひろしさんとか、美輪明宏さんとかがいました」
宇崎竜童
「阿木燿子に尊敬されたい。褒められたい。半世紀前に彼女と出会ったときから、いつも心のどこかにそういう思いがありますね」
宇崎竜童
「今、ちょっと人の音楽にも、自分の音楽にもトキメキがなくなってきているんですよね」
宇崎竜童
「(北里柴三郎について)不真面目や怠慢の時は仮借なく大声で叱責された。先生は沈思熟慮の後に一度決めた方針は如何なる障害に出会っても曲げないで猛進貫徹された」
志賀潔