「大学を休学して約2年間留学したときに、2部まででしかプレーできなかったので、1部でやりたいという思いが強く残っていた」
宮崎大輔
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「大学を休学して約2年間留学したときに、2部まででしかプレーできなかったので、1部でやりたいという思いが強く残っていた」
宮崎大輔
「いくら大学を出ていても困難を克服して,試練を乗り越えなければ何にもなりませんよ。人間が先であります。「育」が先で「教」が後である。それだから「教育」という言い方が間違いで「育教」といったほうがいい(笑)」
出光佐三
「君らは3年か5年大学に行ったために自惚れすぎている。そして、人間が完成したように思っているが、人間というものは実に何も力はないのだ」
出光佐三
「二十代前半の頃、京王井の頭線の三鷹台に住んでいました。今日は、その三鷹台にある大学の学園祭に来てます。すぐ近くに、当時の大家さんの家があって、毎月家賃を持って行くと、五千円お小遣いをくれる優しい大家さんでした」
又吉直樹
「俺はほら、皆の中に入っちゃうからな。他の俳優さんと会おうが、どんな人としゃべろうが、どんな大学教授と会おうが、ソクラテスと会おうが、(俺とつき合いのある人は)俺を連れていつも歩いているようなもんだから。こりゃ、もうつき合いじゃない。もうずっと一緒にいるということなんだ」
勝新太郎
「僕達が子供の頃は、無形のものから有形のものをどんどん生んでいった。物が無いんだから、工夫するしかないわけ。ところが、いまの世の中は、お金さえ出せば何でも手に入る。だから今のガキは工夫をしないよね。知恵を絞ることをしない。身体も軟弱で、鉄棒して落っこちれば腕を折っちまう。創造性もなけりゃ、体力もない。昔のガキは、いかに廃物利用して物を作っていくかという、発想と知恵においては、今の大学生や大人達より、はるかに進んでいたと思う」
石原裕次郎
「(リーダー決定方法について)明らかな違いがある場合も多く、そのような時は、余計なことは考えずにすんなりと決めることができます。しかし、候補が複数名いるケースでは色々な条件に照らし合わせて考えました。例えば諸岡省吾(2004年キャプテン。現早稲田大学ラグビー部FWコーチ)をキャプテンに決定した時がそうでした。それまではキャプテンになる者はやはりプレイヤーでも一番という雰囲気がありました。しかし、必ずしもそれだけではうまくいかないということが分かり、自分の中で「今年のキャプテンは、どうあってほしいか」ということを書き出して考えました。例えば、グランドにずっと立っているということはもちろんなのですが、それに加えて「私と対等に話ができる」「プレイヤーとして実直である」などです。その時は、決めるのに時間はかかりましたが、私の独断で諸岡にしました」
清宮克幸
「(『山下組』13年ぶりの大学日本一になった年について)してやったりという感じもあるけれど、何より勝つチームがやるべきチャレンジを続けた1年。あの年は色々なチャレンジをしたじゃない。春にヘンリー、ヤングをコーチとして呼んだり、東伏見のさよならイベントをやったり、アディダスジャパンとパートナーシップ契約を結んだり。何事にも挑戦する姿勢が、チームにも伝播して、勢いがついて、今年は俺たちが勝つんだ、誰もがワセダが勝つと感じる雰囲気を作った。そういう1年だったと思います」
清宮克幸
「システム的にはレベルの高い試合を数多くして・・と思うんだけど、日本人はリーグ戦があまり好きではないですからね。ノックダウン方式に心を惹かれる。負けたら終わりの、あの感じを見にくる。そもそもレベルの高い試合をしてもファンが戻るかは分かりませんけど・・。そういう意味では、マーケティングをしっかりすることの方が大事なんだと思います。大学生の人数だけ考えても、スタジアムを簡単に満員にできるキャパを持っているわけですから」
清宮克幸
「明らかに大学ラグビーの節目が、この90周年のときにきたと感じています。明らかに盛り返すと思われた5年間だったけれど、長い目で見たら完全に右肩下がりの業界。2000年に入ってからワセダが復活したことで、新たなファンも増えたけれど、それまで競技場に足を運んでいたファンを失ったこともまた事実ですから。新たなファンを獲得しつつ、今まで見てくれていたファンの方も取り戻すには、リーグの統一しかないと、個人的には思っています。変わることを恐れてはいけない。今のスタイルを続けて、10年後、20年後の大学ラグビーはありますか?と」
清宮克幸
「(早稲田が)他の大学とは何が一番違うのかというと、勝利への飽くなき執念でしょうね。今の体制を見ていても、これほど監督、コーチ、スタッフが、選手が別次元でやっているのはもちろんとして、本気でチャンピオンになるんだと拘っているのは、ダントツでワセダ。それは自分が監督をしていたときもそうだし、今の中竹たちでもそう。それが一番の差。その飽くなき執念、拘りが、勝つためのシステムを支えていると言った方が、ベストアンサーでしょう」
清宮克幸
「早稲田大学の学生だったころ、4年生でキャプテンに選ばれるとすぐ、それまで40分だったフィットネスのトレーニングを20分に短縮しました。40分もやるのがずっと嫌でたまらなかったからです。短縮したといっても、それまで40分でやっていた内容を、あれこれ研究して20分でこなせるメニューに変えました。パフォーマンスを犠牲にしたわけではありません」
清宮克幸