「2年生まで100mはそれほど意識していなかったんですけど、200mで記録を狙うには100mのトップスピードを上げたいなと思いました。それで大学3年生から意識的に100mをやるようになったんです」
ケンブリッジ飛鳥
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「2年生まで100mはそれほど意識していなかったんですけど、200mで記録を狙うには100mのトップスピードを上げたいなと思いました。それで大学3年生から意識的に100mをやるようになったんです」
ケンブリッジ飛鳥
「科研費の受給者が研究成果を小中高校生に話す『ひらめきときめきサイエンス』も今年で10年です。子どもたちを大学に招き、大学はどういう所か、どんな研究をしているのか、解説し、自分でも一部を体験してもらう。本来なら科研費の中に社会貢献の項目を設け、受給者全員がやるべきです。研究する以上、社会に伝える。それは科学者の社会的責任であり、本当の意味で科学を大切にし、知の力で豊かな社会を築くうえで欠かせないからです」
白川英樹
「日本の科学技術を育てようと思ったら、大学レベルでは遅い、義務教育が重要で20人学級にすべきだ、とも主張しました」
白川英樹
「今の若手が置かれた状況は心配です。大学では、3年や5年といった任期制のポストが増えています。実験室の立ち上げに1年、実験データを整理して論文を書くのに1年、論文を1本かけるか書けないか、そんなところで評価されてはたまりません。落ち着いて研究できないし、短期間で論文を書けるテーマしか選ばなくなります。独創的な研究は出にくくなると思います」
白川英樹
「大学の研究室もじゃんけんで負けて希望とは違うところだったし、ラジオを組み立てるのが好きだったから電子工学でも、植物栽培が好きだったので農学部でもよかったんです。何にでも興味があり、いろいろな経験をした。そうしたことが後につながりました」
白川英樹
「大きな役割を担ってきた国立大学で、自由に研究できる環境が失われつつある。そう危惧しています」
白川英樹
「ノーベル賞を受ける前も海外の幾つかの大学や研究機関からは、ポストの申し入れがありました。しかし、ノーベル賞をもらってからは、話が別です。日本の大学や研究機関からいっぱい話が来ています。「なんで今ごろ」だと言いたいです」
白川英樹
「皆さん僕のことノーベル賞もらうくらいだから、秀才だ、秀才の中の秀才だ、と思うかもしれませんが、 僕は幼稚園から、小学校、中学校、高校と大学も含めていろんな学校を経験してるんだけども、その学校で一番になったこともないし、 秀才だって言われたこともないし、どちらかというと平均的なあまり目立たない生徒であり学生であったんです」
白川英樹
「私がいた東京大学では当時、素粒子論よりも「物性論」という学問が盛んでした。日本の素粒子論は湯川さんのおられた京都大学や朝永振一郎博士のおられた東京文理科大学だけの独占的なものだったのです。それで私は物性論の教育を受けましたし、それを究めようと思っていました。なかでも物性論の大きな問題は超伝導でして、その頃から超伝導に興味をもっていました」
南部陽一郎
「五輪という最高の舞台に立てたのは勝村先生が僕にレスリングを始めさせてくれて、高校のときも一緒に過ごして、大学に進んだのも勝村先生の影響ですし、すべては勝村先生。感謝の気持ちを伝えたいなと思っています」
太田忍
「軽量級は日本のエース階級、大学の後輩でもある樋口と、日本チームのエースとして頑張りたい」
太田忍
「もっと大学がオートノマス(自律的)、本当の意味でですね。大学が中心となってやりたいようなことをできるようにしないといけないでしょう」
根岸英一