人生は、「酷いこと」と「惨めなこと」に分けられる。「酷いこと」とはあれだよ、末期の患者とか。それに盲目の人とか不具者とかだよ。そういった人たちは、どうやって人生を乗り切っているのか。すごいことだと思う。その他は、すべて「惨めなこと」だよ。だからもし君が「惨めな人」なら、それは感謝するべきだ。「惨めである」というのは、運の良いことなのだから

ウディ・アレンの他の名言

到着し、場所をロケハンし、そこから受けたインスピレーションで変更を加えていく。私を魅了するものに。これが私の観光の仕方なのです
チャンスに恵まれている人もいれば、そうでない人もいる。彼らは違う列車に乗って旅をしますが、行き先は同じです。歳を取り、病気になり、そして死ぬ。全て無に至るのです
表面的には楽しい瞬間のある本質的な悲劇なのです
毎年、私は1本の作品を作りますが、それは喜劇かもしれないし殺人の悲劇かもしれません。私はひたすら滑稽なわけではなく、完全に悲劇的なわけでもなく、ただ単に現実的なのだと思います
実際には、自分の作品が根本的に変わったとは思っていません。私のコメディには多くの悲哀が見受けられると言う人もいます
人を笑わせることができると気づいた時、この道に駆り立てられました。皆が私に「退屈にさせないでくれ!」と言ったのです
私が最初に愛したもの、それは悲劇です。イングマール・ベルイマン、テネシー・ウィリアムズ、アーサー・ミラーが好きでした。喜劇のことは考えてもいませんでした
良心の呵責の念を誇示するのは簡単なことですし、その上、とても滑稽なことのように描くことも出来ます。もしこれが別の時代で私自身が演じるなら、この作品は喜劇となったことでしょう
殺人は道徳的な面と強迫観念的な側面においてこのテーマを発展させ、掘り下げます
人生とは愚かな悲劇なのでしょうか?私たちは常に罪悪感をと共に生きていく運命なのでしょうか? 神は私たちを見捨てたのでしょうか? どうしたら過ちを犯さないで天国に行けるのでしょうか? 私はヴェニスで泊まっているホテルを出た途端、道に迷います。水しかないにもかかわらず・・

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