「学校教育は、社会全体で起きていることの正確な反映であり、その根源でもある。」
梶谷真司の他の名言
「私たちは、自分の生き方に関わることを誰かに委ねるべきではない。また誰かに代わって考えて決めてあげることもやめなければな・・」
「生涯学習にせよ、養護施設での生活にせよ、高齢者は、自分でどうするかについて考える余地を与えられていない。医療関係者や福・・」
「(会社や組織でも)学校と同様、発言は求められるが、そこで許容されるのは、正しい答え、よい答え、上司や会社の意向に沿う答・・」
「高齢者自身の生き方が重要なら、当事者である彼ら自身が何をどうしたいのか発言をし、考える自由が与えられなければならず、ま・・」
「私たちが自由にものを言える場というのは、実はほとんどないと言っていい。学校でも会社でも、家の中ですら、言ってはいけない・・」
「学校は教育の場と言うより、本来は学びの場である。そして学びの主体は生徒である。生徒こそが、学びの当事者である。学びとは・・」
「(学校で生徒が)自ら考えていないということは、自分のやっていることを自分で決めていない、選んでいないということである。・・」
「発言の自由がないところには、思考の自由も自発性もない。」
「最近の若い社員は自分で考えない、主体性がないと批判されるし、たしかにそういう面もあろう。しかし実際には、ほとんどの会社・・」
関連する名言
「もしある人の主張が正しいなら、それはおのずから十分に自らを弁護してくれる。いや、その主張の持ち主をも弁護してくれる。」
— ジョン・バニヤン
「私は自分の敬虔さを誇っていた。実のところ、私がしたことはすべて、人に見られるためか、人に褒められるためだった。」
— ジョン・バニヤン
「夢の中で私は見た。クリスチャンが上っていく大路の両側には垣のように壁が築かれており、その壁は「救い」と呼ばれていた。」
— ジョン・バニヤン
「「虚栄の市」がその名で呼ばれるのは、そこで売られ、そこにもたらされるものがすべて虚栄であり、その町が虚栄そのものよりも軽いからである。」
— ジョン・バニヤン
「十字架は、天国へ行こうとする者がみな通らねばならない、動かぬ道しるべである。」
— ジョン・バニヤン
「賞は天国である。それが欲しいなら、走って手に入れなければならない。」
— ジョン・バニヤン
「人の会話に加わるとき、まず考えるべきは、その人が自分の話を聞きたがっているのか、それとも自分に話を聞いてほしいのか、ということだ。」
— リチャード・スティール
「人生につきまとうあらゆる感情のうち、栄光を求める心こそがもっとも激しい。」
— リチャード・スティール
「徳のある人にとって、男女を問わず、年を重ねることは、若さのあらゆる快楽にまさる威厳をもたらす。」
— リチャード・スティール
「心の病のなかで、お世辞を好む心ほど広く蔓延し、しかも有害なものはない。」
— リチャード・スティール