下村脩の他の名言
「(原爆投下から1カ月半後)みんな真っ黒焦げで、ひどい光景でした。戦争は良くない」
「(原爆投下の瞬間を)閃光がまぶしく、その後の爆風は凄まじかった」
「受賞は天の導き」
「私は普通以下の子供でした。どちらかと言えば記憶力は悪かった。身体も弱かった」
「結果が出ないのは努力が足りないからです」
「わたしは神を信じないが、天の導きだと思った。ノーベル賞も同じだ」
「これまで賞とか名誉に関心を持たなかったし、受賞の連絡を受けてからは対応に追われて忙しい」
「わたしがやったことは(受賞理由となった)緑色蛍光たんぱく質(GFP)を発見したことだけ。(共同受賞者の)チャルフィーがそれが役に立つものだということを見つけ、チェンが改良した。だから医学・生理学賞の対象だと思った」
「決まり文句みたいに『コングラチュレーション』と言われた後、『もうすぐマスコミが殺到して大変なことになりますよ』と言われた。その後は電話が鳴りっぱなし。その通りになった」
「どんな難しいことでも、努力すればなんとかなる」
関連する名言
「二度とない人生だから 戦争のない世の実現に努力し そういう詩を一篇でも多く作ってゆこう わたしが死んだら あとをついでくれる若い人たちのために この大願を書きつづけてゆこう」
— 坂村真民
「この戦争を終わらせにきた!!」
— 赤髪のシャンクス
「ロシアでの任務は、赤軍の粉砕と国家の解体だ。共産主義はドイツの将来への大きな危険である。ロシアに対する戦いとは、ボルシェビキ人民委員と共産主義的知識人の絶滅でなければならない。これは絶滅戦争だ。絶滅しなければ、敵を打倒しても30年も立てば、共産主義は再びよみがえるであろう」
— アドルフ・ヒトラー
「ベトナム戦争時代から百戦錬磨のジャーナリストの方々の死を目の当たりにした時。亡くなった後、その方の取材した記録やカメラやPC、さまざまな取材機器だけがどっさりと残った。先輩であり先生でもあった人が今この場にいなくて、物だけがどっさり残っている。それを見ながら、“ジャーナリストとして伝えるべきもの、これからの自分がやるべきこととは何なのか?と非常に考えさせられました」
— 渡部陽一
「暴力映画に出てきた私が言うのもなんですが、命を賭けて戦争に反対しましょう」
— 菅原文太
「金持ちが戦争を起こし、貧乏人が死ぬ」
— ジャン=ポール・サルトル
「戦争に敗北すれば、ドイツ民族は失われる。この民族が弱い民族であると実証されたからにはドイツ民族の生活など考慮する必要はない」
— アドルフ・ヒトラー
「沖縄が本土から分かれて20年、私たち国民は沖縄90万人の皆さんのことを片時たりとも忘れたことはありません。私は沖縄の祖国復帰が実現しない限り、わが国にとって戦争が終わっていないことをよく承知しております」
— 佐藤栄作
「未知なる物を恐怖するからこそ、みんな夢や幻想や戦争や平和や愛や憎しみなどを追いかけて、右往左往するのです」
— ジョン・レノン
「あらゆる戦争は悪だと思っています。戦争にいい戦争なんてありません。私たち老人は、そのことを語り継がなければなりません」
— 瀬戸内寂聴

