「演じる」とは、いったい何をすることなのでしょうか。役に自分を明け渡すことなのか、それとも役の中に自分を見出すことなのか――その問いに、時代や国を超えて多くの俳優・女優が向き合い、言葉を残してきました。
仕事に悩んでいる方、表現することに迷いを感じている方にこそ届けたい言葉があります。役を生きるという特別な営みを通して、人生や自己、継続すること、年齢を重ねることについて語られてきた名優たちの言葉には、演技の世界を超えて私たちの日々にも通じるヒントが詰まっています。
スタニスラフスキーから歌舞伎の名優、往年のハリウッドスター、そして現役で活躍する日本の俳優まで。35の言葉を通して、「役を生きる」ことの奥深さをお届けします。
演じるとは何か
まずは、演技そのものの本質を問うた言葉から始めます。
「善人を演じるならば、彼の中の悪人を探せ。悪人を演じるならば、彼の中の善人を探せ。」
── スタニスラフスキー(ロシアの演出家・俳優、「スタニスラフスキー・システム」創始者)
現代演技メソッドの源流となったスタニスラフスキーの言葉です。善悪という単純な色分けではなく、役の内側にある矛盾を見つめよという逆説は、人物を一面的に捉えがちな私たちへの戒めでもあります。
「演じること自体すべての職業の中でも最も子供っぽいものだと思う。探険ごっこ、『○○の振りをしよう』が、演技の真髄だ」
── マイケル・J・フォックス(カナダ出身俳優、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』主演)
演技を難しく捉えがちな私たちに、子供の「ごっこ遊び」こそが原点だと教えてくれる言葉です。真剣であることと、楽しむこと。この二つは、決して矛盾しないのだと気づかせてくれます。
「『結果を演じることは絶対するな』これは演技の鉄則のひとつだ」
── マイケル・J・フォックス
先の言葉と対になる一言です。うまく見せようと結果を先取りして演じると、演技は嘘くさくなる。これは仕事にも通じる教訓で、過程に集中することの大切さを静かに語りかけてきます。
「演技の技術というのは、いつも“行うこと”から生まれると、ずっと感じてきた。人前で戯曲の一場面を演じる、そこで学ぶんだ。行うことで学ぼうと思った。これが私にとっての芸術なんだ。」
── アル・パチーノ(アメリカの俳優、『ゴッドファーザー』などで知られるアカデミー賞受賞俳優)
2024年に刊行した回顧録をめぐるインタビューで語られた言葉です。長いキャリアを重ねてなお、「学んでから行う」のではなく「行うことで学ぶ」という実践主義を貫く姿勢には、頭で考えすぎる私たちへの励ましが込められています。
「自分がやっていることは、せいぜい、嘘を実に見事に、精巧に作り上げることに過ぎない。自己欺瞞の力が強ければ強いほど、その嘘は本物らしく見えてくる。私の人生は自己欺瞞に捧げられている──そしてその能力には長けている──それが一番の喜びを与えてくれるのだから、文句は言えないね。」
── ダニエル・デイ=ルイス(イギリスの俳優、アカデミー主演男優賞を3度受賞した「メソッド演技」の代表格)
役への徹底したのめり込みで知られる俳優らしい、挑発的なまでに率直な自己分析です。演技とは自分自身を欺く力を磨くことだと言い切るその姿勢は、次に見ていく「役と自分」の関係を考えるうえでの入り口にもなります。
役と自分のあいだで
役を演じるとき、自分自身とどう向き合うのか。俳優たちの葛藤と実践を見ていきます。
「私は20代の頃、できるだけ様々なタイプの役柄を、様々な監督のもとで演じるようにしていた」
── アン・ハサウェイ(米女優、『レ・ミゼラブル』でアカデミー賞受賞)
若手時代にあえて自分の幅を広げる選択をしたという経験談です。得意な型に安住せず、多様な現場に身を置くことでしか鍛えられない引き出しがある。キャリアの土台づくりという観点でも参考になる言葉です。
「バージニア・ウルフを演じる自分が、全然想像出来なかったの。(中略)なのに、スティーブンと話しているうちに、私にも出来ると確信を持たされてしまったの。」
── ニコール・キッドマン(豪州出身の女優、『めぐり逢う時間たち』でアカデミー主演女優賞)
『めぐり逢う時間たち』でヴァージニア・ウルフを演じた際の心境です。最初は自分に務まるとは思えなかったという率直な告白から、監督との対話を通じて確信を持てるようになったという流れには、一人で抱え込まず対話の中で自信を育てていくことの大切さが表れています。
「(中略)演じるキャラクターに忠実であることが、役者の第一の仕事じゃないかしら(中略)」
── ニコール・キッドマン
自分にも務まると確信を持てた先で行き着いた職業倫理です。自分をどう見せるかではなく、キャラクターにどれだけ誠実であるか。この基準の置き方は、仕事における評価軸を見直すきっかけにもなります。
「私はカレンになろうとしたのではありません。ただ、彼女が何をしたかを見つめようとしただけです。」
── メリル・ストリープ(アメリカの女優、数々のアカデミー賞を受賞した現代を代表する演技派女優)
1983年、映画『シルクウッド』で実在の内部告発者カレン・シルクウッドを演じた際のインタビューで語られた言葉です。実在の人物に「なりきる」のではなく、その人が「何をしたか」を見つめる。実話に基づく役を演じる俳優としての誠実な責任の取り方が表れています。
「俳優とは、自分の生き様に並行し、一緒に歩いているもの。そうでないと演じきれない」
── 三國連太郎(日本の俳優、硬派な役柄から喜劇まで幅広く演じた名優)
演技と人生を並走させるという、日本の役者論を象徴する言葉です。役だけを切り離して演じるのではなく、自分自身の生き方そのものを土台にする。この記事全体を貫くメッセージの核とも言える一言です。
「自分という容器の中で、自分の体や感情の中にある役柄との共通点を取り出して、そこを原点に精一杯演じていく。その方法しかないと思っています」
── 三國連太郎
先の言葉をさらに具体化した方法論です。自分にない部分を無理に作るのではなく、自分の中にある共通点を探す。これは対人関係においても、相手を理解しようとするときの実践的な姿勢として応用できます。
舞台と観客が育てるもの
続いては、舞台に立ち続けてきた俳優・女優たちの言葉です。
「自分は成功を獲得するために舞台に上がるのではなく、(中略)なぜ舞台に上がるのかと言うと、観客の皆さんの前で演じる時の自我を忘れる感覚を求めてのことなのです。もし常に自分が出て来るなら駄目です」
── 坂東玉三郎(歌舞伎・女形の第一人者)
成功や評価のためではなく、舞台に立つことで自我を忘れる感覚を求めているという答えです。常に「自分」がせり出してくるようでは駄目だという指摘は、仕事において自己主張を抑え、対象そのものに没入することの価値を教えてくれます。
「『四谷怪談』というのは本当によいお芝居で、5時間で演じ切れない部分のどこを割愛していけばいいか、というと、本当からいえば割愛していいところなんかないわけです。ですが、今回は言ってみれば、裏表、裏表ときれいな部分と醜さが反転してゆくという演出家の趣向なんです」
── 坂東玉三郎
5時間の大作を短縮するにあたり、本来はどこも削るべきではないという前提に立ちながら、美しさと醜さを裏表に反転させる演出という一つの解釈で乗り切ったという言葉です。制約の中でも表現の核を失わない工夫として、削るのではなく視点を変えて再構成するという発想が参考になります。
「体で分かり、心で分かり、そして演じる機会が訪れる大切さ。焦ったって本人が不安なら、見ている人は面白くも何ともないんですよ。機は熟す。身のうちから突き上げるように満ちてくるものなのです」
── 中村勘三郎(十八代目、歌舞伎役者、平成中村座を主宰し歌舞伎の革新に尽力)
体で分かり、心で分かり、そして機会が訪れる。この順序を飛ばして焦っても、見る人には伝わらないという指摘です。機は外から待つものではなく、身のうちから満ちて自然と熟していくものだという言葉には、積み重ねを省略せず内側からの充実を待つ姿勢の大切さが込められています。
「演じていない時間をどう生きているか、日々の生活をどれだけ大切にしているか、どんな経験を積み重ねてきているかは、非常に大事なこと。それらによって自分という、人間が形成されていくわけですから」
── 中村獅童(歌舞伎役者・俳優)
舞台の外側にある日常こそが、演技を育てるという視点です。稽古や本番だけでなく、普段の生活の質そのものが自分という人間をつくり、やがて表現に表れる。仕事と生活を切り離さない考え方が示されています。
「芝居はやってやってやらないと、セリフのリズムはつかめない。」
── 杉村春子(文学座を代表する新劇女優、舞台『女の一生』、映画『東京物語』などで知られる)
NHK「あの人に会いたい」で語られた言葉です。頭で理解するだけでは得られないリズム感があり、それは反復の中でしか体に染み込まない。新劇の世界で生き抜いた人ならではの職人気質が伝わってきます。
「冷静に考えれば、演じるということは宝塚のもっとも核となる要素なのに、最初はとにかく恥ずかしくて」
── 柚希礼音(元宝塚歌劇団トップスター)
誰もが通る恥ずかしさから、核心にたどり着くまでの成長の過程を率直に語った言葉です。始めから堂々としていた人などいないという事実に、勇気づけられる読者も多いのではないでしょうか。
才能ではなく、続けること
ここからは、続けることの意味を語った言葉を紹介します。
「失敗とは、転ぶことではない。そのまましゃがみこんだままでいることである」
── メアリー・ピックフォード(米女優、無声映画時代の大スター、「アメリカの恋人」)
失敗の定義そのものを転倒させる言葉です。転ぶこと自体は失敗ではなく、そこに留まり続けることこそが失敗である。この視点の転換が、継続をテーマにするこの章の入り口にふさわしい一言です。
「けっして諦めないでください。次の日に何が起きるかわからないものです」
── トム・ハンクス(米俳優、『フォレスト・ガンプ』等で二度のアカデミー主演男優賞)
シンプルながら力強い励ましです。今日という一日だけで判断せず、明日を信じて続ける。未来がどう転ぶか分からないからこそ、諦めないことに意味があるのだと教えてくれます。
「諦めないと決めた時、そこに強さが生まれる」
── アーノルド・シュワルツェネッガー(墺出身俳優、元カリフォルニア州知事)
強さは最初から備わっているものではなく、「諦めない」と決めた瞬間に生まれるという構造を示した言葉です。意志を固めるという能動的な行為そのものが、力の源になるという発想です。
「すべてに100%やりたいけれど、それは無理だから、女優だけ選んだの」
── 森光子(日本の女優、『放浪記』主演2000回の偉業)
選択と集中の潔さを語った言葉です。あれもこれもと手を広げず、一つに絞る決断があったからこそ、2000回という圧倒的な継続実績が生まれたのだと感じさせられます。
「私がここまでお芝居を続けてこられましたのは、私が物ごとを簡単に諦めなかったからかもしれません」
── 森光子
先の言葉で語られた「選択」が、なぜ長く続いたのかを補う一言です。派手な才能の話ではなく、簡単には諦めないという地道な姿勢こそが継続の力だったと振り返っています。
「癖ですからね。何か座っちゃうと緊張が持続できないというか……あんまり無理してるんじゃなくて、なんとなくそのほうが仕事をしてるって感じます。」
── 高倉健(日本の俳優、任侠・仁義映画の大スター)
映画『単騎、千里を走る。』のメーキング映像で語られた言葉です。無理に気合を入れて演じるのではなく、長年の積み重ねの中で身についた自分の「癖」をそのまま仕事のスタイルとして受け入れる。肩の力の抜けた自然体の境地が表れています。
年齢を重ねるということ
年齢を重ねることをどう捉えるか。俳優・女優たちの視点は、業界の現実と、それを超えていく強さの両方を映し出しています。
「ハリウッドでは、わたしくらいの世代に突入した女優は、ある役柄が演じられなくなるといわれているわね。でも、実際のところ役はたくさんあるのよ」
── キャメロン・ディアス(米女優)
業界に存在する年齢バイアスをまず率直に認めながら、それでも実際には演じられる役がたくさんあると言い切る言葉です。現実を否定せずに直視したうえで、それでも道はあると前向きに主張する姿勢が、この章の入り口として力強く響きます。
「若さの泉は存在する。それはあなたの心、才能、そして自分と愛する人たちの人生に注ぎ込む創造性だ」
── ソフィア・ローレン(伊女優、アカデミー主演女優賞受賞)
「若さ」を外見の話ではなく、創造性の話として定義し直した言葉です。年齢バイアスへの一つの答えとして、何に情熱を注いでいるかこそが若さを決めるという視点を示してくれます。
「私は毎朝目が覚めると生まれ変わっているの。1日だって同じような日はないわ」
── ブリジット・バルドー(仏女優、愛称"BB"、1950〜60年代のセックスシンボル)
毎朝を「生まれ変わり」として捉える感覚です。昨日と同じ自分ではいないという発想は、年齢を重ねることを停滞ではなく更新として肯定的に捉える生き方を映し出しています。
「劣等感や欠陥は、バネになりますね。満たされていないものを満たしていきたいという思いは、表現するうえで、とても大きな原動力になってきました。」
── 市原悦子(女優・語り手、『家政婦は見た!』『まんが日本昔ばなし』の語りなどで知られる)
著書の中で語られた言葉です。コンプレックスや欠けている部分を消そうとするのではなく、表現の原動力に変えていく。長く経験を積み重ねてきた人だからこそ語れる、実感のこもった生き方です。
「美しくあることより、力強くあることのほうが、ずっと面白い。」
── ヘレン・ミレン(イギリスの女優、『クイーン』でアカデミー主演女優賞受賞)
2015年のスピーチで語られた言葉です。ハリウッドに根強く残る年齢差別や外見至上主義に対する、明快で力強い返答となっています。何を面白いと感じるかという基準自体を、美しさから力強さへと切り替える視点が印象的です。
「役者ならば、自分に対して常に挑戦」
── 樹木希林(日本の女優)
キャリアを重ねてなお挑戦し続けるという姿勢を、短い一言に凝縮した言葉です。年齢や実績が積み上がるほど守りに入りたくなるものですが、その逆を行く潔さがこの章の締めくくりにふさわしく響きます。
演技を超えて、生きること
最後の章では、演技という営みを超えて、生きることそのものへと視野を広げた言葉を紹介します。
「どんな役を演じようと、いくらかの自分らしさが混じる。そうじゃなければいけないんだ。さもなければ演技ではなく嘘になってしまう」
── ジョニー・デップ(米俳優、『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのジャック・スパロウ役)
演技と嘘の違いを明確に言い切った言葉です。役に自分を完全に消してしまうのではなく、いくらかの自分らしさを残すこと。それこそが演技を演技たらしめる条件だという指摘は、この章全体のテーマを開く一言になっています。
「自分と平山は似ていない。演じるその人の気分を背負ってないと仕事ができない。」
── 役所広司(日本の俳優、『Shall we ダンス?』『すばらしき世界』『PERFECT DAYS』で第76回カンヌ国際映画祭最優秀男優賞)
映画『PERFECT DAYS』公式インタビューで語られた言葉です。自分とは異なる人物であっても、その人の気分を自分の内側に背負って初めて仕事になる。自分らしさと役柄への没入は、決して矛盾するものではないことが伝わってきます。
「若い頃は、何でも複雑にしていた。メソッドがどうのと、そういうことに凝っていたんだ。でも今は、それが時間の無駄だと気づいたよ。何も付け加えてはくれないからね。」
── アンソニー・ホプキンス(英俳優、アカデミー賞受賞)
2024年のインタビューで語られた言葉です。若い頃は理論やメソッドにこだわっていたけれど、長いキャリアを経てシンプルに徹する境地にたどり着いた。積み重ねた経験だけが持つ成熟の重みが感じられます。
「人生は恐れなければ、とても素晴らしいものなんだよ。人生に必要なもの。それは勇気と想像力、そして少しのお金だ」
── チャールズ・チャップリン(英出身俳優・映画監督、「喜劇王」と称される)
演技論から人生論へと視野を広げる言葉です。恐れさえしなければ人生は素晴らしいものだという断言と、勇気・想像力・少しのお金という具体的な処方箋の組み合わせに、チャップリンらしいユーモアと温かさが宿っています。
「『不可能(impossible)』という言葉の中には、『私はできる(I'm possible)』が隠れているのよ」
── オードリー・ヘプバーン(英出身女優、『ローマの休日』『ティファニーで朝食を』主演)
言葉遊びを通じて、前向きなメッセージを届ける一言です。不可能という言葉の中に可能性を見出すという発想の転換は、行き詰まりを感じたときにそっと背中を押してくれます。
「僕のヒーローはいつも10年先にいる。決して追いつくことはない。でもそれでいい。追いかけ続ける相手がいるということだから。」
── マシュー・マコノヒー(米俳優、『ダラス・バイヤーズクラブ』でアカデミー主演男優賞)
追いつけないヒーローを、それでも追い続けること自体に価値があるという言葉です。完璧に到達することがゴールなのではなく、追いかけ続ける相手がいるということそのものが生きる意味になるという、この記事の締めくくりにふさわしいメッセージです。
演じることは、役に自分を明け渡すことでも、自分を失うことでもありません。役という他者を通して、より深く自分と人生を見つめ直す営みなのだと、35人の言葉が繰り返し語りかけてきます。スタニスラフスキーから現役で活躍する俳優・女優まで、時代や国を超えて紡がれてきたこれらの言葉が、読者の皆さまご自身の「役割」や「仕事」との向き合い方にも、何かしらのヒントを与えられれば幸いです。