「「貴子は大阪でゆっくりさせたい。バンクの活動はやらせたくない」と言う母に、森島医師は「白血病が再発するかどうかは誰もわかりません。神のみぞ知る、です。ならば、したいことをやって死んだ方が、お母さんも楽なんじゃないですか」と説得してくれました」
大谷貴子
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「「貴子は大阪でゆっくりさせたい。バンクの活動はやらせたくない」と言う母に、森島医師は「白血病が再発するかどうかは誰もわかりません。神のみぞ知る、です。ならば、したいことをやって死んだ方が、お母さんも楽なんじゃないですか」と説得してくれました」
大谷貴子
「活動を始めた頃は、公のためとはあまり思っていませんでしたよ。やっぱり自分のため。自分が死にたくないから。だから、全然ほめられる活動ではないんですよ」
大谷貴子
「読売新聞など新聞、テレビのマスコミが100万人署名活動を強力に後押ししてくれて、いろいろな人が情報や連絡をくれて、「日本人は、本当はやさしいんだ」と実感することができました」
大谷貴子
「厚生省(当時)や日本赤十字社などにも出かけ、「どうしたら骨髄バンクできますか」と詰め寄りました。厚生省の方の回答は「100万人署名があれば」。はじめは「はよ帰ってほしいから、思わず出たウソや」と思いました」
大谷貴子
「米国にいる姉の夫から電話で「米国に骨髄バンクができたと、新聞で読んだ」と連絡があったのです。他人からでもHLAが適合すれば移植ができると知りました」
大谷貴子
「内科医だった父は、私に病名を伝えるべきではないという考えでしたが、米国在住で、米国で看護師の資格を取った姉は、「病気になったことはかわいそうだけど、伝えないことはもっとかわいそう」という考え方で、病名を教えてくれました。「明日のことはわからない。いい病院探すから」と励ましながら」
大谷貴子
「私が患った慢性骨髄性白血病は当時、急性骨髄性白血病と違って化学療法は効果がなく、「白血病の中でも最もやっかいな病気」として移植しかないと言われました。延命だけで、回復は無理だと。当時、医師が「骨髄移植は夢のような治療の段階です、日本では」と言ったのをはっきり覚えています。別の医師は「野蛮な治療」だと。確かに、それは今でも当たっていますけどね。家族も「なすすべはない」と一時、覚悟を決めていたようです」
大谷貴子
「ある企業の社長さんに「どうして人間ドックのときにドナー登録できないのですか」と言われました。そういう方法もあるのかと目からウロコでしたよ」
大谷貴子
「バッシングする人達をみても「そんなこと言ってる人は幸せやなぁ」と思ってしまいます。「自分が死ぬか生きるかしてないから、そんなこと言えるんやで。自分でなくてよかったねぇ」って」
大谷貴子
「私の人生は誰も背負ってくれないといつも思っています」
大谷貴子
「(どこからそのバイタリティーは出てくるんですか)怖い物知らずということでしょう」
大谷貴子
「ドナー候補者が見つかれば私も励ましようがあるのですが見つからないと声のかけようもないのです」
大谷貴子