「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候 死ぬ時節には死ぬがよく候 これはこれ災難をのがるる妙法にて候」
出典: 良寛書簡(1828年 三条地震の見舞状、山田杜皋宛)

良寛の他の名言

「花は無心にして蝶を招き、蝶は無心にして花を尋ぬ」
「仙桂和尚は真の道者 貌(ぼう)は古にして 言は朴(ぼく)なるの客 三十年 国仙(こくせん)の会(え)に在りて 参禅せず読経せず宗門の一句すらいわず 菜園を作って大衆に供す 当事我之を見れども見えず 之に遭(あ)い之に遭えども遭わず ああ今之にならわんとするも得可からず 仙桂和尚は真の道者」
「円通寺に来たりてより 幾度か冬春(とうしゅん)を経たる門前 千家の邑(ゆう) 更に一人をも知らず 衣垢(えあか)づけば手自ら洗い 食尽くれば城闉(じょういん)に出ず かつて高僧伝を読むに僧可(そうか)は清貧を可とす」
「少年父を捨てて他国に走り 辛苦(しんく)虎を画(えが)くとして 猫にも成らず 人ありて もし箇中(こちゅう)の意を問わば 箇は是(こ)れ従来の栄蔵生」
「遁世(とんせい)の際(きわ) 波の音聞かじと山へ入りぬれば また色変へて 松風の音」
「故郷を出てから後、東方の諸国を放浪している。毎日、景色に勝れた地を過ぎるが、才能が足りないので、よい詩を作ることが出来ない」
「少年の頃を思い返すと、世の中に憂さのあることを知らなかった。好んで高価な着物を身に着けて、よく鼻白の栗毛馬に乗った。朝に遊郭の街で酒を買い、暮に近郊の花を看るなどして遊び回った。どこに帰るのかといえば、直ちに指さすのは遊女の居る家である」
「ひとたび思う少年の時 書を読みて空堂に在り 燈火(とうか) 数(しば)しば油を添う 未(いま)だ冬夜(とうや)の長きを厭(いと)わず」
「我が生(しょう) 何処(いずこ)より来たる 去って 何処にか行く」
「なにものが 苦しきことと 問うならば 人をへだつる心と答えよ」

関連する名言

「言っておくが、われわれがこの地球にいるのは、ふざけ回るためだ。誰に何と言われようと、そうなのだ」

— カート・ヴォネガット

「結合的な遊びは、生産的な思考の本質的な特徴であるように思われる」

— アルベルト・アインシュタイン

「人間は、言葉の完全な意味で人間であるときにだけ遊んでおり、遊んでいるときにだけ完全な人間なのである」

— フリードリヒ・フォン・シラー

「時は、さいころ遊びに興じる子どもである。王権は子どもの手にある」

— ヘラクレイトス

「どんな集団であれ、理性的に育てれば、人々は理性的になる。」

— ロバート・オーウェン

「人間の性格に犯罪を生み出す環境を取り除けば、犯罪は生まれなくなる。」

— ロバート・オーウェン

「公正と正義の方策を採りなさい。そうすれば下層の人々の全幅の信頼を容易に得られるだろう。」

— ロバート・オーウェン

「確信が生まれる前に同意を求めるのは、弱さそのものである。確信が生まれたあとなら、同意は惜しまれないだろう。」

— ロバート・オーウェン

「雇われた人々は、勤勉で節度があり、健康で、雇い主に忠実で、互いに親切な者となった。」

— ロバート・オーウェン

「神が存在するなら人間は奴隷である。だが人間は自由でありうるし、自由であらねばならない。ゆえに神は存在しない。」

— ミハイル・バクーニン

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