「円通寺に来たりてより 幾度か冬春(とうしゅん)を経たる門前 千家の邑(ゆう) 更に一人をも知らず 衣垢(えあか)づけば手自ら洗い 食尽くれば城闉(じょういん)に出ず かつて高僧伝を読むに僧可(そうか)は清貧を可とす」
良寛の他の名言
「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候 死ぬ時節には死ぬがよく候 これはこれ災難をのがるる妙法にて候」
「花は無心にして蝶を招き、蝶は無心にして花を尋ぬ」
「仙桂和尚は真の道者 貌(ぼう)は古にして 言は朴(ぼく)なるの客 三十年 国仙(こくせん)の会(え)に在りて 参禅せず読経せず宗門の一句すらいわず 菜園を作って大衆に供す 当事我之を見れども見えず 之に遭(あ)い之に遭えども遭わず ああ今之にならわんとするも得可からず 仙桂和尚は真の道者」
「少年父を捨てて他国に走り 辛苦(しんく)虎を画(えが)くとして 猫にも成らず 人ありて もし箇中(こちゅう)の意を問わば 箇は是(こ)れ従来の栄蔵生」
「遁世(とんせい)の際(きわ) 波の音聞かじと山へ入りぬれば また色変へて 松風の音」
「故郷を出てから後、東方の諸国を放浪している。毎日、景色に勝れた地を過ぎるが、才能が足りないので、よい詩を作ることが出来ない」
「少年の頃を思い返すと、世の中に憂さのあることを知らなかった。好んで高価な着物を身に着けて、よく鼻白の栗毛馬に乗った。朝に遊郭の街で酒を買い、暮に近郊の花を看るなどして遊び回った。どこに帰るのかといえば、直ちに指さすのは遊女の居る家である」
「ひとたび思う少年の時 書を読みて空堂に在り 燈火(とうか) 数(しば)しば油を添う 未(いま)だ冬夜(とうや)の長きを厭(いと)わず」
「我が生(しょう) 何処(いずこ)より来たる 去って 何処にか行く」
「なにものが 苦しきことと 問うならば 人をへだつる心と答えよ」
関連する名言
「茶湯の交会は一期一会といひて、たとへば幾度おなじ主客交会するとも、今日の会ふたたびかへらざる事を思へば、実に我一世一度の会なり」
— 井伊直弼
「益者三友、損者三友。直きを友とし、諒を友とし、多聞を友とするは益なり」
— 孔子
「媚態の要は、距離を出来得る限り接近せしめつつ、距離の差が極限に達せざることである。」
— 九鬼周造
「文学の本質は、人間性のうちにある抑えがたい展開と発見への欲求に立っている。」
— 宮本百合子
「日本の現代文学は、もっともっと、われわれの生きている現実の歴史の深さ、鋭さ、はげしさにふさわしい文学精神と方法との上に立て直されなければならない。」
— 宮本百合子
「権力は常に保守の要素をもつ。」
— 宮本百合子
「嘘をつく快楽が同時に真実への愛であることを、彼は大いに自得すべきである。」
— 織田作之助
「嘘つきでない小説家なんて、私にとっては凡そ意味がない。」
— 織田作之助
「小説は芸術でなくてもいいとまで考えたのだ。」
— 織田作之助
「「可能性の文学」はつねに端の歩が突かれるべき可能性を含んでいるのである。」
— 織田作之助

