「人には賢愚の差はあるけれど、ひとつやふたつは優れた才能を持っている。それを育てれば一人前の人間になれる。吉田松陰はそうした信念を持って、俳句・和歌などを得意とする入牢者を活用して、つらい牢を楽しい場所に変えてしまいます」

童門冬二の他の名言

「いつも考えるのは宗祖と民衆との結び付き。民衆側のニーズにどう応えてきたのか、人々をどう救ってきたのかということが私にとっては重要です」
「被災地のことばっかり考えていても役に立つわけじゃないんだから、今この仕事場で、手を抜かずに与えられた仕事を続けていく。二宮金次郎の言う積小為大という考えだなあと」
「あの時(東日本大震災の時)は、生き方そのものを問われている気がしました。おまえは今のままでいいのかと、誰かに問われているような」
「その時(東日本大震災の時)一番考えたのが、法然さんだったらどう対応するか。仏教は、津波を止めるとか一気に復興させるとか、そんな教えではないし、そんなことを人間は期待しちゃいけないと思うんです。あくまでも人間の努力によって、復興することが大事なんです。その時の心の支えとして、宗教があるわけです」
「東日本大震災が起きた時、僕はふ抜けになったんです。以前は割合律儀な生活をしていたのが、昼まで寝ているとか、原稿の締め切りを延ばしてもらうとか。酒も飲むが、飲んでも酔えない。何もできない、被災者への罪の意識がありました」
「宗教者は、特に教える立場にある人は、大きい伽藍の中でやるべきじゃない。やっぱり辻説法、路傍に立って自分の信仰を伝えるべきだということです」
「僕がものを書く原点は、内村鑑三の『代表的日本人』です。西郷隆盛・上杉鷹山・二宮尊徳・中江藤樹、それに宗教家の日蓮の5人が挙げられています」
「僕の人生観は「起承転」。生きているうちに「結」はない。死ぬまで生命を完全燃焼させていきたいと思っています」
「僕は信仰の一歩手前にいるんですよ。大変傲岸不遜だけれども、まだ自分の力を信じたい。人間の可能性を掘り起こして実験していきたいんです」
「法然さんは偉くなればなるほど、自分の位置付けを低くされた。来る者は拒まずで民衆の悩みを聞いておられる。谷底に座り、そこに滝が流れ込むわけですよ。滝のしぶきの一粒一粒が民衆の悩みです。滝は一本ではなく何本も流れ込んでくる。それに応えるだけの大きさ、深さがあった人です」

関連する名言

「私は誰とも争わなかった。争うに値する者などいなかったから。自然を愛し、自然の次に芸術を愛した。人生の火にかざして両手を温めた。その火は今、衰えてゆく。私は旅立つ用意ができている。」

— ウォルター・サヴェージ・ランドー

「死が私の上に立ち、耳元で何かをささやく。その奇妙な言葉について私に分かるのは、そこに恐れの言葉など一言もない、ということだけだ。」

— ウォルター・サヴェージ・ランドー

「滅びたイリオンを越えてヘレネは生き、アルケスティスは黄泉の国から立ち上がる。彼女たちを呼び戻すのは詩であり、死すべき乙女たちに不滅の若さを与えるのも詩である。」

— ウォルター・サヴェージ・ランドー

「名声の門と墓の門は、同じ楣(まぐさ)の下に並んで立っている。」

— ウォルター・サヴェージ・ランドー

「一枚、また一枚と葉が落ち、一輪、また一輪と花が散る。寒い時節に散るものも、暖かい時節に散るものもある。ひとしく咲き、ひとしく散り、それらを育てた大地がすべてを迎え入れる。大地の賢い子である私たちは、命が尽きたとき、その懐に身を沈めることにもっと満足してよいのではないか。」

— ウォルター・サヴェージ・ランドー

「死は姿こそ見えないが、すぐそばにいて、私の八十歳を惜しんでいる。私はこの最後の歳月をそっくり彼にくれてやってもいい、五十年前に過ぎ去ったあの一年と引き換えに。」

— ウォルター・サヴェージ・ランドー

「批評家ぶった口がやかましいこの世でささやかれるあらゆる「きまり文句」のなかで、偽善者のそれが最悪かもしれないが、いちばん苦痛なのは批評のきまり文句だ。」

— ローレンス・スターン

「時はあまりに速く過ぎ去る。私が一字を記すたびに、人生がどれほどの速さでペンのあとを追ってくるかを思い知らされる。」

— ローレンス・スターン

「脱線は、まぎれもなく陽光だ。脱線こそ読書の命であり魂である。」

— ローレンス・スターン

「人間の身体と精神は、上着とその裏地のようなものだ。一方をしわくちゃにすれば、もう一方もしわくちゃになる。」

— ローレンス・スターン

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