東日本大震災が起きた時、僕はふ抜けになったんです。以前は割合律儀な生活をしていたのが、昼まで寝ているとか、原稿の締め切りを延ばしてもらうとか。酒も飲むが、飲んでも酔えない。何もできない、被災者への罪の意識がありました

童門冬二の他の名言

いつも考えるのは宗祖と民衆との結び付き。民衆側のニーズにどう応えてきたのか、人々をどう救ってきたのかということが私にとっては重要です
被災地のことばっかり考えていても役に立つわけじゃないんだから、今この仕事場で、手を抜かずに与えられた仕事を続けていく。二宮金次郎の言う積小為大という考えだなあと
あの時(東日本大震災の時)は、生き方そのものを問われている気がしました。おまえは今のままでいいのかと、誰かに問われているような
その時(東日本大震災の時)一番考えたのが、法然さんだったらどう対応するか。仏教は、津波を止めるとか一気に復興させるとか、そんな教えではないし、そんなことを人間は期待しちゃいけないと思うんです。あくまでも人間の努力によって、復興することが大事なんです。その時の心の支えとして、宗教があるわけです
宗教者は、特に教える立場にある人は、大きい伽藍の中でやるべきじゃない。やっぱり辻説法、路傍に立って自分の信仰を伝えるべきだということです
僕がものを書く原点は、内村鑑三の『代表的日本人』です。西郷隆盛・上杉鷹山・二宮尊徳・中江藤樹、それに宗教家の日蓮の5人が挙げられています
僕の人生観は「起承転」。生きているうちに「結」はない。死ぬまで生命を完全燃焼させていきたいと思っています
僕は信仰の一歩手前にいるんですよ。大変傲岸不遜だけれども、まだ自分の力を信じたい。人間の可能性を掘り起こして実験していきたいんです
法然さんは偉くなればなるほど、自分の位置付けを低くされた。来る者は拒まずで民衆の悩みを聞いておられる。谷底に座り、そこに滝が流れ込むわけですよ。滝のしぶきの一粒一粒が民衆の悩みです。滝は一本ではなく何本も流れ込んでくる。それに応えるだけの大きさ、深さがあった人です
法然さんの小説を書き始めましたが、途中でギブアップしてしまった。あまりの巨人ぶりに、小さなアリのような自分は降参したんです。生涯をたどるということで始めたけど、とてもじゃないけど駄目だなと思いましたね

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私は本当の意味で善なる力になりたい。世の中には他人に苦しみや不幸をもたらす悪しき力があることを知っているが、私はその反対の力でありたい。本当に善であるための力に。

ジョン・コルトレーン

私の音楽は、私という存在――信仰、知識、生き方――そのものの霊的な表現だ。音楽の可能性が見えはじめると、人々のために本当に良いことをしたい、人類がとらわれから自由になる手助けをしたいと願うようになる。

ジョン・コルトレーン

真摯でありさえすれば、靴ひも一本だって楽器にして演奏できる。

ジョン・コルトレーン

終わりというものは決してない。想像すべき新しい音、たどり着くべき新しい感情が、いつだってある。そしてその感情や音を磨き続け、見つけたものを純粋な姿でとらえる必要が、常にあるのだ。

ジョン・コルトレーン

本当のリスクは、変わらないことだ。私は何かを追い求めているという実感がなければならない。金が入ればそれもいい。だが私はむしろ、もがき続けていたい。そのもがきこそ、私が求めているものなんだ。

ジョン・コルトレーン

ひとつの前向きな思いは、何百万もの前向きな響きを生み出す。

ジョン・コルトレーン

リーダーシップの秘訣はシンプルだ。自分が信じることをやる。未来の姿を描く。そこへ向かう。人はついてくる。

セス・ゴーディン

キツツキは千本の木を二十回ずつつついても、忙しいだけで何も得られない。だが一本の木を二万回つつけば、餌にありつける。

セス・ゴーディン

不安とは、失敗を前もって経験することだ。

セス・ゴーディン

「いつか」は「今」にはかなわない。

セス・ゴーディン

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