「茶道とは、日々の暮らしの俗事の中に美しいものを見いだし、それを崇める信仰である。」
出典: 『茶の本』
「茶道とは、日々の暮らしの俗事の中に美しいものを見いだし、それを崇める信仰である。」
「われわれが文明国たるためには、血なまぐさい戦争の名誉によらなければならないとするならば、むしろいつまでも野蛮国に甘んじよう」
「見せびらかすのではなくて、ほのめかすといふこと、これが、無限なるものの秘訣なのだ」
「茶道の本質は、不完全ということの崇拝――物事には完全などということはないということを畏敬の念をもって受け入れ、処することにある」
「私たち日本人の住居、習慣、衣服や料理、陶磁器、漆器、絵画、そして文学にいたるまで、すべて茶道の影響を受けていないものはない」
「孔子は言っている、「人は隠したりするものだろうか」と。私たちには隠さねばならないような偉大なものなどないので、些細な事柄にも自分をあらわにしがちになるのだろう」
「教育とは、強固な幻想を維持するために一種の無知を奨励するものにほかならない」
「道教は儒教や仏教とはちがって、なげかわしいこの世の暮らしのうちにも美を見出そうとするのだ。酢の味見をする3人の者という宋のたとえ話は、見事に、これら3つの思想の特質を浮き彫りにしている。釈迦と孔子と老子の3人が酢の壺――人生の象徴――の前に立って、それぞれ指を浸しては味見していたが、実際家の孔子は酸っぱいと言い、仏陀は苦いと言い、老子ひとりが甘いと言ったというのである」
「物事のバランスを保ち、自分の位置は確保しながら他人にも譲るというのがこの世のドラマを成功させる秘訣なのだ」
「永遠とは、物質ではなく、精神にしか見出すことのできないものであって、こうした簡素な建物(茶室、数寄屋)はその精神のあらわれなのであり、そうであればこそ、洗練をきわめたほのかな輝きを帯びて、かくも美しいのだ」
「芸術は、その時代の暮らしにぴったりとしたものであって初めて本当に理解されるものなのだ」
「美に東西はないように、好い趣味というのは世界共通なもの」
— 白洲正子
「装飾の感じは線や何かが有機的に生かし合っている、そして如何にも精神を以てこの世界を飾るという感じがする。」
— 岸田劉生
「ぼくにとって、あらゆる街角、路上というのはミュージアムだし、シアターだし、ライブラリーだし、ステージみたいなものだっていう前提がいつもあります。」
— 森山大道
「女の子なら誰だってグラマラスになれる。じっと立って、間の抜けた顔をしていればいいだけだから」
— ヘディ・ラマー
「日本画を以て写実の道を歩こうとする事は根本から間違っている。」
— 岸田劉生
「美はいたるところにある。それが我々の目に欠けているのではなく、我々の目がそれを認めようとしないのだ」
— ロダン
「目に映るものすべてが移ろうなかで、彫刻には特別な役割があると私は思いたい。移ろいへの解毒剤としての役割が。新しさを持ちながら、内にも外にも響きあう虚空に対して、いつまでも新鮮であり続けるものとして。」
— イサム・ノグチ
「私にとって彫刻の本質とは、空間の知覚であり、私たちの存在の連続そのものである。」
— イサム・ノグチ
「すべては彫刻である。どんな素材でも、どんな思いつきでも、さえぎられることなく空間に生まれ出たものを、私は彫刻とみなす。」
— イサム・ノグチ
「ものは程々に投げやりなのが美しい」
— 白洲正子