「高校のときに3ヶ月ぐらいアメリカ2世の将校の英語塾に通ったんですよね。たった3ヶ月ですが結構厳しい塾で、それがあったから一般的な会話は全然問題なかったですね」
渡辺貞夫の他の名言
「「ピットイン」の出演はミュージシャンの誇りでもあるわけだけど、もっとたまり場になって欲しいね。かつてミュージシャンたちはピットインに出演するしないにかかわらず、うろうろしながらたくさん集まった。そこで情報交換をしていた。いまそういう場所がないからね。」
「昔「ピットイン」をテーマにした曲を弟(渡辺文男)のために書いているんだよね。それをもう少しかっこよくリニューアルした。「スタディ」の意味は、ミュージシャンたちがこの曲をチャレンジしてくれたらうれしいなという思いがある」
「「痛みの度合いは喜びの深さを知るためにある」チベットの格言だね。自分も感銘を受けた言葉だった」
「「ピットイン」は日本のライブシーンの中心であって欲しいと常に思っているね。やはりミュージシャンの最初の目標は「ピットイン」に出ることなので」
「たまたまこの素晴らしいリズム・セクションが来日して、ほとんどぶっつけ本番のステージ。音合わせのときにマウスピースが気に入らなくて、始まる前に家へ飛んで帰って別のを持ってきたのを憶えているな(笑)」
「最高を求める気持ちは、いまだにおんなじだね」
「お客さんには楽しんで納得して帰って欲しいなと思っていました。レパートリーにポピュラーな曲をやったり、サンバのリズムを取り入れたりしたね。富樫雅彦にレコードを聴かせて憶えさせたこともあった。堅苦しさをとるのにしばらく時間がかかったなあ」
「楽器は本来無機質なもの。だから、納得できる音になるまでに時間が必要です。毎日、時間の許す限り楽器に触れ、息を吹き込んでいます」
「リードはとても慎重に選んで、場合によっては1、2曲で取り替えます。1枚1枚個性が違い、会場との相性があり、音の持続も違うんですよ。僕は、出来る限り生音に近い演奏を客席に届けたい。そして、客席後方の席までしっかりと音をキャリーさせたい。そこにいる1人1人のために演奏できる、1人1人が自分に向けての演奏だと感じてもらえるのが理想です」
「日本に帰ってから、この中(自分のオリジナル曲)の2曲ほど日本のミュージシャンとやってみたんですが、どこか気分がでない。あ、やっぱり違うんだなと思いましたね。改めて聞くと、ミュージシャン達がそれぞれいいですよね」
関連する名言
「(英語の授業を小学校3年生から始めようと検討していることについて)僕はそれ大反対です。結局、自国の言語でしっかり考える力がない人間が中途半端に他の国の言葉を入れて本質的なレベルが上がるわけがない。国語力を鍛える機会を英語で奪ってしまう」
— 林修
「やたらと高い目標は掲げる必要はありませんが、頑張って背伸びすれば手の届く、英語で「ストレッチ」と呼ばれるような目標にすることが求められます」
— 桜井正光
「(亀を英語で?)スッポン!」
— ガッツ石松
「(英語の勉強法)一番いいのは、薄いのでもいいから本を読むことじゃないかな」
— 利根川進
「英語やドラムはやった分だけ上手くなるんですよ。たがが努力です」
— YOSHIKI
「自分でも理由は分からないのですが、12〜13歳の頃に突然英語が好きになったのです。当時は特に英語を学べる場所も、英語の本もありませんでした。そこで、私は杭州賓館、つまり現在の杭州シャングリラホテルに行った。外国人の宿泊を受け入れるホテルだったからです。そうして9年間、毎朝、無料のガイドとして外国人客をいろいろな場所に案内し、彼らから英語を学びました」
— ジャック・マー
「小さい頃は、祖母が歌う英語の賛美歌を子守歌代わりに聞いて育ちました」
— すぎやまこういち
「(小学3年生の頃)学校の朝礼で「子どもが歌謡曲を歌うのはよくない」と言われたんです。だけど僕は『Heartbreak Hotel』をデタラメな英語で歌っていたみたいなんです。それを聴いた同級生が先生に「(宇崎さんが)歌謡曲を歌っていた」と密告して、学校に母親を呼ばれたんです。」
— 宇崎竜童
「英語の「Good luck」はなかなか大人の言葉。「頑張っても限界がある。気をつけろよ」という思いやりが伝わってくる。」
— 宋文洲
「(オーストラリア留学で大変だったことは?)1番大変だったの は英語についていく事でした。レポートの量も多く、提出期限が重なってたり、または試験の前の日だったりしたので時間の管理を1番大切にして乗り切りました」
— 白川優子

