「戦は六、七分の勝ちを十分とする」

豊臣秀吉の他の名言

「直江兼続は天下の仕置きを任せられる男なり」
「(伊達正宗に向けて)今少し来るのが遅かったら、この首が危なかった」
「光秀の天命が尽きれば、大利を得て、思いのままに国をもらい、この播磨の城に帰ることはない」
「決してえこひいきなく道理にかなっていること道理にかなっていないことをさばき、たとえそれが兄弟や親族であろうとも、罪のある者は処罰せねばならない」
「秀吉は、元来人を斬ることが嫌いの性分であるが、覚悟がなおも直らないお前を、他国に行かせたのでは、恥の上にも一門の恥さらしとなるから、人手にかけず、秀吉のこの手で殺してやろうぞ」
「これから先、覚悟を改めて恥ずかしくないように心がけるならば、どの国であろうとも知行させたい考えである。しかし、ただいまのように無分別のたわけであったならば、秀吉の甥子としてその身をながらえさせておくことは、お前だけでなく、秀吉の面目をも汚すことになるから、直々に手討ちにしてくれようぞ」
「誰であろうとも、忠義のためにこの世を去った者に対しては、その後継ぎを立てて、一家の絶えないようにしてやらねばならない。ただ、家名を継がせる場合に、10歳未満の幼子には、代理を立ててやり、また、夫婦の間に子どももない場合は、弟に継がせ、娘一人子のときには困らないようにしてやらねばならない」
「奉公人に対しては、誰彼れの差別をつけず、役に立つ者に対してはことさらねんごろにしてやるがよい」
「茶の湯・鷹狩り・女狂いなどは秀吉の真似など決してしてはならぬ。ただし、茶の湯というものは上品な慰み事であるから、しばしば茶会を開き、人を招待したりすることは、一向かまわない。また鷹狩りは、鳶鷹・鶉鷹など、男児の慰みとして盛んにやってよい。女中は屋敷の中に5人なり10人なり置いても差し支えない。ただ、屋敷の外で見苦しく女狂いをしたり、鷹野や茶の湯なども、秀吉のようにむやみやたらにやって、下賤の輩や人目のはばかる所へやたらに出入りすることのなきように、十分に慎むこと」
「諸国が平和で静かによく治まっているように見えても、あらゆる武備について、御油断あることなく、武具やその他兵糧に対する嗜みも、秀吉のやったように行ない、もし出陣するような事になったならば、用意万端整え、兵糧も十分に支度した上で、長期陣営の心構えが大切である」

関連する名言

「言っておくが、われわれがこの地球にいるのは、ふざけ回るためだ。誰に何と言われようと、そうなのだ」

— カート・ヴォネガット

「結合的な遊びは、生産的な思考の本質的な特徴であるように思われる」

— アルベルト・アインシュタイン

「人間は、言葉の完全な意味で人間であるときにだけ遊んでおり、遊んでいるときにだけ完全な人間なのである」

— フリードリヒ・フォン・シラー

「時は、さいころ遊びに興じる子どもである。王権は子どもの手にある」

— ヘラクレイトス

「どんな集団であれ、理性的に育てれば、人々は理性的になる。」

— ロバート・オーウェン

「人間の性格に犯罪を生み出す環境を取り除けば、犯罪は生まれなくなる。」

— ロバート・オーウェン

「公正と正義の方策を採りなさい。そうすれば下層の人々の全幅の信頼を容易に得られるだろう。」

— ロバート・オーウェン

「確信が生まれる前に同意を求めるのは、弱さそのものである。確信が生まれたあとなら、同意は惜しまれないだろう。」

— ロバート・オーウェン

「雇われた人々は、勤勉で節度があり、健康で、雇い主に忠実で、互いに親切な者となった。」

— ロバート・オーウェン

「神が存在するなら人間は奴隷である。だが人間は自由でありうるし、自由であらねばならない。ゆえに神は存在しない。」

— ミハイル・バクーニン

関連する人物