「挑戦」という言葉は、どこか勇ましく響く。だが実際に挑む側に立ってみると、その中身は不安と迷いでできている。うまくいかなかったらどうしよう。今さら遅いのではないか。始める前から、頭の中は言い訳の在庫でいっぱいになる。
映画がすぐれているのは、その不安ごと描いてきたところだ。主人公は最初から強くない。怯え、逃げ、負け、それでも次の朝にもう一度立ち上がる。だからスクリーンから飛んでくる一言は、「頑張れ」ではなく「立ち上がり方」を教えてくれる。
ここでは、逆境に挑む映画の名セリフを中心に37本を集めた。踏み出す前の一言、打ちのめされた夜の一言、不可能に挑む場面の一言、守るために戦う場面の一言。そして最後に、スクリーンの外側で挑み続けた映画人たちの言葉を置いた。今日のあなたに要る一本が、どこかにあるはずだ。
踏み出す前に、背中を押す言葉
挑戦の最大の関門は、実は最初の一歩ではなく「一歩を出すと決める」ところにある。
「やるか、やらぬか、だ。「試す」というのは無い」
── ヨーダ(映画『スター・ウォーズ』シリーズの老ジェダイ)
沼に沈んだ宇宙船を前に、「やってみます」と答えた弟子への返答である。「試す」という言葉には、はじめから失敗した場合の逃げ道が織り込まれている。ヨーダが禁じたのはその保険だ。もちろん人間は保険なしでは動けない。ただ、本当に成し遂げたい一つだけは、逃げ道を用意しないでおく。その一点の差が結果を分ける。
「ズートピアでは、誰だって何にでもなれる」
── ジュディ・ホップス(アニメ映画『ズートピア』の主人公)
作中でこの言葉は、街のきれいごとのスローガンとして何度も繰り返される。しかし主人公のウサギだけは、それを本気で信じ、ウサギ初の警察官になった。標語は誰の耳にも届いているのに、動くのは信じた者だけだ。挑戦とは才能の問題ではなく、聞き流さなかった人の特権なのかもしれない。
「誰でも名シェフになれる」
── オーギュスト・グストー(アニメ映画『レミーのおいしいレストラン』の名シェフ)
ネズミが料理人を目指す物語の土台になる一言である。ただしこの言葉は「誰でもなる」とは言っていない。誰にでも扉は開いているが、くぐるには勇気が要る、という意味だ。作中でも、才能の有無ではなく踏み出す勇気の有無が人物を分けていく。資格を待つのをやめる、というのが最初の資格になる。
「無限の彼方へ、さあ行くぞ!」
── バズ・ライトイヤー(アニメ映画『トイ・ストーリー』のスペースレンジャー人形)
自分を本物の宇宙飛行士だと思い込んでいるおもちゃの決めゼリフだ。滑稽なはずのこの思い込みが、物語の要所で本物の勇気に変わる。人が大きな一歩を踏み出すとき、たいてい根拠は足りていない。根拠が揃うのを待つより、先に声に出してしまうほうが早いこともある。
「道? 行く先に、道などいらん」
── ドク・エメット・ブラウン(映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の科学者)
空を飛ぶ車で未来へ向かう直前の一言である。前例のない場所へ行こうとする者にとって、既にある道はむしろ制約でしかない。誰かが通った跡を探している限り、行き着く先も誰かの到達点どまりだ。道がないことは、遅れの証拠ではなく先頭にいる証拠でもある。
「40秒で支度しな」
── ドーラ(アニメ映画『天空の城ラピュタ』の空賊の頭領)
飛び立つ直前、少年に投げられた号令だ。準備万端という状態は、待っていてもやってこない。締切だけが人を動かすことがある。長く迷っている案件があるなら、考える時間ではなく決める時間を40秒だけ切ってみるといい。
「カルペ・ディエム。「今を生きろ」少年たち。人生を非凡なものにせよ」
── ジョン・キーティング(映画『いまを生きる』の英語教師)
古い校舎の写真の前で、生徒たちに向けられた言葉である。挑戦を先送りする人の口ぐせは「いつか」だ。だがその「いつか」は、カレンダーのどこにも存在しない日付である。今日という日が唯一確実に手元にある持ち時間だと気づいたとき、はじめて挑戦は計画になる。
打ちのめされた夜のために
挑む以上、負ける日がある。名作が繰り返し描いてきたのは、勝ち方ではなく負けたあとの過ごし方だ。
「どれほど強く打てるかが問題なんじゃない。大切なのは、どんなに打ちのめされても前に進み続けられるかどうかだ」
── ロッキー・バルボア(映画『ロッキー』シリーズの主人公のボクサー)
年老いた主人公が息子に語る言葉である。世間は打撃力を評価するが、リングでも人生でも勝負を決めるのは被弾後の挙動だ。前進を止めなければ、その試合はまだ終わっていない。逆に言えば、終わらせられるのは自分だけである。
「人はどうして落ちるのか? はい上がることを学ぶためさ」
── トーマス・ウェイン(映画『バットマン ビギンズ』の主人公の父)
井戸に落ちた幼い息子を抱き上げながらの一言だ。落ちること自体は防げない。だが落ちた経験は、はい上がる技術になる。二度目に同じ穴に落ちたとき、初めて自分が何を学んでいたかがわかる。失敗を嫌う人ほど、この技術を持たないまま年を重ねてしまう。
「選択肢は2つだけだ。必死に生きるか、必死に死ぬか」
── アンディ・デュフレーン(映画『ショーシャンクの空に』の主人公)
冤罪で終身刑となった男が、塀の中で口にする言葉である。選択肢を二つまで削り落とすと、人は迷わなくなる。状況が最悪のときほど、判断材料を増やすより減らすほうがいい。生きる側に賭ける、と決めた瞬間から、彼の壁を掘る作業は始まっていた。
「希望はいいものだよ。たぶん最高のものだ。いいものは決して滅びない」
── アンディ・デュフレーン(映画『ショーシャンクの空に』の主人公)
脱獄後、彼が友人のレッドに宛てた手紙の一節だ。塀の中では、希望は人を狂わせる危険物として扱われていた。それでも彼は希望を捨てなかった。希望とは、うまくいく確率の見積もりではなく、持ち続けると決める態度のことである。だから外から壊されることがない。
「過去は痛いものだ。だが、そこから逃げることもできるし、そこから学ぶこともできる」
── ラフィキ(アニメ映画『ライオン・キング』の賢者)
父の死の責任を背負い、故郷から逃げた若きライオンへの言葉である。過去は変えられない、という事実は変わらない。変えられるのは、それを持って走る向きだけだ。逃げるか学ぶか。分岐は今日も毎朝ひらいている。
「泳いで、泳いで、泳ぎ続けるのよ」
── ドリー(アニメ映画『ファインディング・ニモ』の登場人物)
物忘れの激しい魚が、暗い海の底で歌うように繰り返す言葉だ。壮大な戦略は何もない。ただ止まらないことだけを決めている。逆境の渦中では、進む距離より止まらないことのほうが価値を持つ。今日ひとかき分だけでも、昨日と違う場所にはいる。
「たとえ暗黒のときであっても幸せは見つけられる。明かりを灯すことを忘れない者にはな」
── アルバス・ダンブルドア(『ハリー・ポッター』シリーズのホグワーツ校長)
暗闇が晴れるのを待つのではなく、自分の側で明かりを点ける。ここで語られているのは気の持ちようではなく、行為である。誰かに連絡する、部屋を片づける、少しだけ歩く。小さく点いた明かりの範囲だけは、確実に暗黒ではなくなる。
「君のせいじゃない」
── ショーン・マグワイア(映画『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』のセラピスト)
数学の天才でありながら心を閉ざした青年に、セラピストが何度も繰り返す一言である。自分を責め続けている人は、次の挑戦に使うはずの力を、過去の裁判に費やしてしまう。自責を下ろすことは甘えではない。もう一度立ち上がるための、体力の回復である。
不可能に挑む者たち
「できるわけがない」と言われた場所から始まった物語には、共通して短い一言がある。
「失敗という選択肢はない」
── ジーン・クランツ(映画『アポロ13』の主席飛行管制官)
酸素タンクが爆発し、月へ向かうはずだった宇宙船が漂流する。地上の管制室で、責任者が告げるのがこの言葉だ。なおこのセリフは史実の発言そのものではなく、映画のために練り上げられた表現として知られている。それでも語り継がれているのは、極限の現場が必要とする覚悟を、これ以上ないほど短く言語化しているからだろう。
「必ず方法を見つけ出す。今までもそうだった」
── クーパー(映画『インターステラー』の主人公)
滅びゆく地球を離れ、人類の移住先を探す旅に出る男の言葉である。これは根拠のない楽観ではない。人類はこれまでも解いてきた、という履歴に基づく確信だ。自分の過去にも同じ履歴はある。かつて越えた壁を数えるほど、次の壁は少しだけ低くなる。
「生命は、道を見つける」
── イアン・マルコム(映画『ジュラシック・パーク』の数学者)
完全に管理されたはずの恐竜が繁殖する可能性を、カオス理論の専門家が言い当てる場面だ。管理する側から見れば警告だが、挑む側から見れば励ましになる。条件が整っていないから無理だ、という理屈は、生命の前ではしばしば無効になる。
「時として誰も想像しないような人物が、想像もつかない偉業を成し遂げる」
── ジョーン・クラーク(映画『イミテーション・ゲーム』の数学者)
暗号解読に挑む天才を支えた女性が、彼に返す言葉である。作中でこのフレーズは形を変えて何度も現れ、人から人へ受け渡されていく。誰にも期待されていない、という状況は不利に見えて、実は前提を疑う自由が手元に残っているということでもある。
「不可能と言われたら、それは挑戦する価値があるということだ」
── ジェームズ・キャメロン(映画監督)
深海撮影から巨大セットまで、実現不可能と言われた手法を実際にやってのけてきた監督の言葉だ。「不可能」の多くは、難易度の判定ではなく「まだ誰もやっていない」という状態の報告にすぎない。判定と報告を区別できる人が、最初の一人になる。
「アイル・ビー・バック(また戻ってくる)」
── T-800(映画『ターミネーター』の登場人物)
映画史に残る短い一言である。この言葉が不気味なのは、退場が終了を意味していないからだ。撤退を敗北にしない者は、いつまでも脅威であり続ける。挑戦の途中で一度引くとき、心の中でこの一言を添えられるかどうかで、その撤退の意味は変わる。
「オール・イズ・ウェル(すべて上手くいく)」
── ランチョー(映画『きっと、うまくいく』の主人公)
胸に手を当てて唱えるおまじないだ。作中で彼自身が説明するとおり、この言葉で問題が解決するわけではない。ただ、恐怖で固まった心をいったん動かす効果はある。問題を解くのは冷静な頭であり、その頭を取り戻すための手続きとして、この呪文は実用的である。
守るもののために戦う
挑戦の動機は、上を目指す欲望だけではない。守りたいものがあるから前に出る、という戦い方がある。
「この世界には守るべき尊いものがあるんです。戦う価値のあるものが」
── サムワイズ・ギャムジー(映画『ロード・オブ・ザ・リング』の庭師のホビット)
旅に絶望した主人公に、従者が語りかける言葉である。壮大な使命ではなく、故郷の風景や仲間の顔といった具体的なものを彼は思い浮かべている。抽象的な理想は折れやすいが、顔の見えるものを守る力は驚くほど長持ちする。
「夢があるなら、守り抜け。人にできないと言われても、自分にまでできないと言わせるな。欲しいものがあるなら、取りに行け」
── クリス・ガードナー(映画『幸せのちから』の主人公)
住む場所を失いながら幼い息子を育て、証券会社の研修生に挑む父が、バスケットボールを諦めかけた息子にかける言葉だ。他人の評価は情報の一つにすぎないのに、いつのまにか自分の限界の設定値になってしまう。設定を書き換える権限は、最後まで本人だけが持っている。
「今度もまた、負け戦だったな……勝ったのは、あの百姓たちだ。わしたちではない」
── 島田勘兵衛(映画『七人の侍』の侍たちの頭領)
村を守り抜いた戦いの後、生き残った侍が呟く言葉である。守るための戦いは、勝っても誰かの日常が戻るだけで、戦った本人には何も残らないことがある。それでも引き受けた者だけが知っている誇りが、この一言には滲んでいる。
「曇りなき眼で見定め、決める」
── アシタカ(アニメ映画『もののけ姫』の主人公)
呪いを受けた若者が、対立するどちらの陣営にも与さずに旅を続ける理由を語る場面だ。挑戦の現場では、たいてい「どちら側につくか」を先に迫られる。だが立場を先に決めると、事実がその立場に都合よく見え始める。見てから決める順番を守ることは、それ自体が勇気である。
「この世で我々がなす事は、永遠に響き続ける」
── マキシマス(映画『グラディエーター』の将軍)
戦いの前、部下を鼓舞する言葉である。自分の挑戦が生きているうちに報われる保証はない。それでも行為は誰かの記憶に残り、その誰かの選択を変えていく。射程を一生の外まで伸ばして考えると、目先の勝敗は少しだけ小さく見える。
「友ある者は敗残者ではない」
── クラレンス(映画『素晴らしき哉、人生!』の二級天使)
事業に行き詰まった主人公に残された書き置きの一節だ。事業の成否、数字の増減。人はそれで自分を採点しがちだが、この言葉は採点表そのものを取り替える。失ったものを数える夜には、残っている人の顔を数えるほうが正確な計算になる。
「明日は明日の風が吹く」
── スカーレット・オハラ(映画『風と共に去りぬ』の主人公)
すべてを失った女性が最後に口にする言葉である。投げやりに聞こえて、実はこれは撤退ではなく保留の宣言だ。今日これ以上考えても答えは出ない、と認めて眠る。その判断ができる人だけが、明日の朝に判断力を持ち越せる。
「君たちの未来は、まだ何も決まっていない。未来は自分の手で作り上げるものなんだ」
── ドク・ブラウン(映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の科学者)
未来を見てきた人物が言うからこそ重い一言だ。生まれた環境、学歴、これまでの経歴。決定済みに見える要素は多いが、それらは条件であって結論ではない。条件から結論を導くのは、いつも本人の選択である。
スクリーンの外側で挑み続けた人たち
映画そのものが、誰かの長い挑戦の結果だ。最後は、つくる側に立った人たちの言葉を置いておきたい。
「お前たちは俺には絶対に勝てない。なぜなら俺は24時間映画のことを考えているからだ」
── 松田優作(俳優)
才能の話をしていない、というところが凄みである。勝負を分けるのは、その対象に自分の一日をどれだけ明け渡しているか。持ち時間の使い方は、才能と違って今日から変えられる。
「一生に一本でもいい。どんなに苦労したって、俺のマンガ映画を作って、この感激を子どもたちに伝えてやる」
── 手塚治虫(漫画家・アニメーション作家)
動機が「感激を伝える」という一点にあることに注目したい。評価や規模ではなく、届けたい相手が具体的だから、苦労が計算の対象にならない。長い挑戦を支えるのは、たいてい動機の純度である。
「字幕翻訳者になることをあきらめられなかったのは、映画が好きで、字幕翻訳が私にあっているという直感があったからです。その確信は絶対に揺るぎませんでした」
── 戸田奈津子(字幕翻訳者)
仕事として成り立つまでに長い年月を要したことで知られる。注目すべきは「あきらめなかった」ではなく「あきらめられなかった」という表現だ。意志で耐えたのではなく、向いているという直感が離れてくれなかった。その感覚を持っている分野があるなら、簡単に手放さないほうがいい。
「漫画でもアニメでも映画でも何でもいい、諦めないで好きなことに自分から向かっていけばいいんですよ」
── 筒井康隆(作家)
ジャンルは問わない、と言い切っているのが救いになる。挑戦の価値を、対象の格や将来性で測る必要はない。自分から向かっていく、という姿勢の方向さえ合っていれば、続けた時間が形にしてくれる。
「負けそうになったり、折れそうになったりしたときは、先輩のすごい舞台や映画を見たりすることで『あっちにいけば間違いない』という思いを強くした」
── 西田敏行(俳優)
折れそうなときに休むのではなく、良いものを浴びに行く。憧れは、精神論ではなく方向を示す羅針盤として機能する。落ち込んだ日の過ごし方を、あらかじめ決めておく人は強い。
「失敗を恐れるな」
── デンゼル・ワシントン(俳優)
余計な説明が一切ない。短い命令形は、迷っているときほど効く。長い理屈は迷いを増やすが、四文字は行動に直結する。手帳の隅にでも書いておけば、決断の場面で先に出てくるのはこちらのほうだ。
「映画は国境を越え言葉を越えて、『生きる悲しみ』を希望や勇気に変えることができる力を秘めている」
── 高倉健(俳優)
長く銀幕に立ち続けた俳優の言葉である。悲しみをなかったことにするのではなく、希望や勇気に「変える」と言っているところに重みがある。ここまで並べてきた37の言葉も、痛みを消すためではなく、痛みを持ったまま歩き出すために存在している。
名セリフは魔法ではない。唱えたところで、明日の面接も、資金繰りも、体調も、勝手に良くはならない。それでも、迷った一瞬に思い出せる言葉を持っている人は、持っていない人より確実に一歩多く踏み出せる。今日いちばん刺さった一本を、ポケットに入れて出かけてほしい。あなたの物語のいい場面は、たいてい踏み出したあとに撮影される。