「なぜ国歌など ものものしくうたう必要がありましょう おおかたは侵略の血でよごれ 腹黒の過去を隠しもちながら 口を拭って起立して 直立不動でうたわなければならないか 聞かなければならないか 私は立たない 坐っています」
茨木のり子
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「なぜ国歌など ものものしくうたう必要がありましょう おおかたは侵略の血でよごれ 腹黒の過去を隠しもちながら 口を拭って起立して 直立不動でうたわなければならないか 聞かなければならないか 私は立たない 坐っています」
茨木のり子
「戦争責任を問われて その人は言った そういう言葉のアヤについて 文学方面はあまり研究していないので お答えできかねます 思わず笑いが込みあげて、どす黒い笑い吐血のように 噴きあげては 止り また噴きあげる」
茨木のり子
「生きてゆくぎりぎりの線を侵されたら 言葉を発射させるのだ ラッセル姐御の二丁拳銃のように 百発百中の小気味よさで」
茨木のり子
「はじめての町に入ってゆくとき わたしはポケットに手を入れて 風来坊のように歩く たとえ用事でやってきてもさ お天気の日なら 町の空には きれいないろの淡い風船が漂う その町の人たちは気づかないけれど はじめてやってきたわたしにはよく見える なぜって あれは その町に生まれ その町に育ち けれど 遠くで死ななければならなかった者たちの 魂なのだ そそくさと流れていったのは 遠くに嫁いだ女のひとりが ふるさとをなつかしむあまり 遊びにやってきたのだ 魂だけで うかうかと」
茨木のり子
「子供たちには ありったけの物語を話してきかせよう やがでどんな運命でも ドッジボールのように受けとめられるように」
茨木のり子
「年老いても咲きたての薔薇 柔らかく 外にむかってひらかれるのこそ難しい」
茨木のり子
「はじめての町に入ってゆくとき わたしの心はかすかにときめく そば屋があって 寿司屋があって デニムのズボンがぶらさがり 砂ぼこりがあって 自転車がのりすてられてあって 変わりばえしない町 それでもわたしは十分ときめく」
茨木のり子
「道でばったり奥様に出会い 買い物籠をうしろ手に 夫の噂 子供の安否 お天気のこと 税金のこと 新聞記事のきれっぱし 蜜をからめた他人の悪口 喋っても 喋っても さびしくなるばかり 二人の言葉のダムはなんという貧しさだろう やがて二人はいつのまにか 二匹の鯉になってしまう 口ばかりぱくぱくあけて 意味ないことを喋り散らす 大きな緋鯉に! そのうち二匹は眠くなる 喋りながら 喋りながら だんだん気が遠くなってゆくなんて これは まひるの惨劇でなくてなんだろう 私の鰭は痺れながら ゆっくり動いて 呼子を鳴らす しぐさになる」
茨木のり子
「年老いても咲きたての薔薇 柔らかく 外にむかってひらかれるのこそ難しい」
茨木のり子
「満員電車のなかで したたか足を踏まれたら 大いに叫ぼう あんぽんたん! いったいぜんたい人の足をなんだと思ってるの」
茨木のり子
「大人になってもどぎまぎしたっていいんだな ぎこちない挨拶 醜く赤くなる 失語症 なめらかでないしぐさ 子供の悪態にさえ傷ついてしまう 頼りない生牡蠣のような感受性 それらを鍛える必要は少しもなかったのだな」
茨木のり子
「ことば ことば おんなのことば しなやかで 匂いに満ち あやしく動くいきものなのだ ああしかしわたくしたちのふるさとでは 女の言葉は規格品 精彩のない冷凍もの わびしい人口の湖だ」
茨木のり子