「私は太平洋の橋になりたい」

新渡戸稲造の他の名言

「僕は幼年時代より人に逢ふときは、一見してその欠点を発見した。この性質があつたから、大概の人を見ては癪(しゃく)に障り、従つて不愉快を感じた」
「「教育とは学校で習つたことを悉(ことごと)く忘れた、その後に残つてゐるものをいふのだ」これは実に穿(うが)つた言葉である」
「大学の教育となつて来ると単純なる良民といふことだけでなく、良民のリーダースを造るのである」
「過酷な気候との不断の闘いはそのまま、北国に住む人びとの社会的・個人的発展を困難にさせる大きな要因である。北国の人びとに愛想のよさや市民生活を送るうえでの楽しみは欠けているとしても、彼らは不屈の精神と自立の精神において、南国の兄弟に優(まさ)っている」
「大学に入つて何の職業に就(つ)いて、何ほどの月給をもらふかなどといふことは、抑々(そもそも)末のことで、もつと大きなところへ到達しなければならない」
「どれほど自負心があっても、私は自分を良い少年だったとも、賢い少年だったとも主張できない。私は元気いっぱいですばしっこく、口達者。どちらかといえば、甘口のアンファン・テリブル(恐るべき子供)であった」
「ちょっとした誇りと羞恥の心が入り交じった気分のまま告白する。私は少年のときから、「好き嫌い」を超越しようとつとめてきた」
「吾々は日本に生まれた以上、日本人の皮を着替えるわけにはゆかない。私など、生国を去って勉学に出たのは八歳の時であったが、六十余歳の今日なお東北弁が抜けない」
「昔は士(さむらい)といふと、一種の階級であつた。今はさうではない。社会的の階級でなく、頭の階級である。相当な教育を受けたものは、みな士となるものである。学士などは即(すなわ)ち士だ。士格のものである。士は所謂(いわゆる)指導者である。英語でいふリーダーである」
「教育者が注意すべきは、活ける社会に立ち万国に共通し得べく厳正にして自国自己及び自己の思想に恥じず、実際の人生に接して進み、世界人類に貢献する底の人物を造ることに在るなり」

関連する名言

「もしある人の主張が正しいなら、それはおのずから十分に自らを弁護してくれる。いや、その主張の持ち主をも弁護してくれる。」

— ジョン・バニヤン

「私は自分の敬虔さを誇っていた。実のところ、私がしたことはすべて、人に見られるためか、人に褒められるためだった。」

— ジョン・バニヤン

「夢の中で私は見た。クリスチャンが上っていく大路の両側には垣のように壁が築かれており、その壁は「救い」と呼ばれていた。」

— ジョン・バニヤン

「「虚栄の市」がその名で呼ばれるのは、そこで売られ、そこにもたらされるものがすべて虚栄であり、その町が虚栄そのものよりも軽いからである。」

— ジョン・バニヤン

「十字架は、天国へ行こうとする者がみな通らねばならない、動かぬ道しるべである。」

— ジョン・バニヤン

「賞は天国である。それが欲しいなら、走って手に入れなければならない。」

— ジョン・バニヤン

「人の会話に加わるとき、まず考えるべきは、その人が自分の話を聞きたがっているのか、それとも自分に話を聞いてほしいのか、ということだ。」

— リチャード・スティール

「人生につきまとうあらゆる感情のうち、栄光を求める心こそがもっとも激しい。」

— リチャード・スティール

「徳のある人にとって、男女を問わず、年を重ねることは、若さのあらゆる快楽にまさる威厳をもたらす。」

— リチャード・スティール

「心の病のなかで、お世辞を好む心ほど広く蔓延し、しかも有害なものはない。」

— リチャード・スティール

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