「人が何と言おうが、自分じゃ不良とは思っていなかったね。友達が何人か集まってワーワーやるのが楽しいわけで、自分じゃ、健康的で、模範的な学生だと思っていた」

石原裕次郎の他の名言

「今日が雨でも明日が晴れさえすれば、すぐ乾く人生も同じである」
「逢えるじゃないか、またあした」
「親父は殴るだけじゃないんだ。水を張ったバケツを両手に持って、庭に立たされるんだから。真冬ーそれも、夜だぜ。雪がチラチラ降ってさ。身体は寒くて震えるわ、足は感覚が無くなるわ…。でも親父は僕が立っている間、晩飯を食べないで、じっと待っているんだよ。何時間でも。それでお仕置きが解除になったところで晩飯になるんだけど 〜中略〜 親父は、僕と一緒に冷たくなったご飯を食べるんだ。(親父、偉いな)とこのとき思った。怖い親父だけど、こういう親父の姿を見て、親しみというか、(近づけたな)ってね。そんなことを感じたものだ」
「俳優、男子一生の仕事あらず」
「人生というのは振り返ってみて何もないずんべらぼうより、起伏が激しいほうが楽しいと思う」
「実は数年前に心臓を切る大手術をしてね。お医者さんには止められてるんだけど、ちょっと1本だけ吸っちゃおうかな」
「お前さんのこと、弟みたいに好きだった」
「ビールは酒ではない、水である」
「確かに、6・3・3制の義務教育という制度は、占領統治下ではそれなりに意味があったと思う。だけど、この制度は受験戦争を生み、教師をマシン化させるという弊害を引き起こした。いまの日本の現状を考えれば、やはり6・6制という昔の制度に戻すのがいいと思う。そうすれば受験制度もなくなり、教師も血が通った教育ができるだろう。戦後かなりの時間がたって、義務教育というものをありがたがる時代は去ったのではないか。少なくとも僕はそう思っているんだ」
「人の悪口は絶対口にするな。人にしてあげたことは、すぐ忘れろ。人にしてもらったことは、絶対忘れるな」

関連する名言

「私は誰とも争わなかった。争うに値する者などいなかったから。自然を愛し、自然の次に芸術を愛した。人生の火にかざして両手を温めた。その火は今、衰えてゆく。私は旅立つ用意ができている。」

— ウォルター・サヴェージ・ランドー

「死が私の上に立ち、耳元で何かをささやく。その奇妙な言葉について私に分かるのは、そこに恐れの言葉など一言もない、ということだけだ。」

— ウォルター・サヴェージ・ランドー

「滅びたイリオンを越えてヘレネは生き、アルケスティスは黄泉の国から立ち上がる。彼女たちを呼び戻すのは詩であり、死すべき乙女たちに不滅の若さを与えるのも詩である。」

— ウォルター・サヴェージ・ランドー

「名声の門と墓の門は、同じ楣(まぐさ)の下に並んで立っている。」

— ウォルター・サヴェージ・ランドー

「一枚、また一枚と葉が落ち、一輪、また一輪と花が散る。寒い時節に散るものも、暖かい時節に散るものもある。ひとしく咲き、ひとしく散り、それらを育てた大地がすべてを迎え入れる。大地の賢い子である私たちは、命が尽きたとき、その懐に身を沈めることにもっと満足してよいのではないか。」

— ウォルター・サヴェージ・ランドー

「死は姿こそ見えないが、すぐそばにいて、私の八十歳を惜しんでいる。私はこの最後の歳月をそっくり彼にくれてやってもいい、五十年前に過ぎ去ったあの一年と引き換えに。」

— ウォルター・サヴェージ・ランドー

「批評家ぶった口がやかましいこの世でささやかれるあらゆる「きまり文句」のなかで、偽善者のそれが最悪かもしれないが、いちばん苦痛なのは批評のきまり文句だ。」

— ローレンス・スターン

「時はあまりに速く過ぎ去る。私が一字を記すたびに、人生がどれほどの速さでペンのあとを追ってくるかを思い知らされる。」

— ローレンス・スターン

「脱線は、まぎれもなく陽光だ。脱線こそ読書の命であり魂である。」

— ローレンス・スターン

「人間の身体と精神は、上着とその裏地のようなものだ。一方をしわくちゃにすれば、もう一方もしわくちゃになる。」

— ローレンス・スターン

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