(大阪の肥料会社にリン酸肥料の代理販売を頼みに言った時)私は社長に面会を求めると「滋賀県ではこの効果のある肥料をまだ誰も使っていません。私に滋賀県の一手販売をやらせてください」と申し込んだ。私としては人のためにもなるし、自分も儲かるし、と内心大いに得意の着想だったわけである。すると阿部さんは私の申し出を聞いて、あいた口がふさがらないといった表情である。最も考えてみると、驚くのが当たり前、私は当時やっと15歳の子供であった

堤康次郎

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景気の良い時は抑えろ、不景気の時に動け
(息子・清二に対し語った言葉)家庭だけは複雑にするなよ
一番得意だったのは浜口内閣の時にやった予算の討論だ。私は田中内閣の業績と現内閣のそれとを比較して政友会を大いに攻撃した。しまいには政友会側はすっかり憤慨し、鳩山一郎君などはあんな演説を聞くとなぐりたくなるねと議席から演壇の途中まで出てきたそうだが、よせよせあいつは強いからといって引戻されたと新聞に書いてあった。当時は鳩山君も元気だったものだ
(事業を失敗した時の言葉)二十歳で体のかっこうは一人前になるが、判断力は五歳ぐらいの子供にすぎない
全員が賛成したら、その計画は危ない
「みながやるから自分もやる」ということで、無理をしてまで仕事をしようとするな
(家憲)事業に役人の古手を連れて来ることは最もよくない。役人気質で事業は成り立たない。〜 中略 〜 役人気質は日々生死の境を行く真剣な事業家のなす処ではない
私の死後10年間は新しい事業に手を出すな
(土地開発に関する理念)日本が発展すれば中産階級が台頭し、リゾート地の需要が大きく高まる。だから中産階級が使えるリゾート地を開発することは、国のためになるのだ
(26歳で土地を購入した時に区長に言った言葉)私は大隈重信の秘書をやっております。こんど別荘地をつくりたいから、この区の中で100万坪を売ってください

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