「私は従業員の生活は何としても安定させなければいけないと考えており、戦後はじめて賃上げ闘争があったとき、一挙に5倍引き上げを全部認めたこともある。食糧難時代には、食料確保にあらゆる努力もした。感謝と奉仕の信念で、全員が結ばれている」
堤康次郎の他の名言
「景気の良い時は抑えろ、不景気の時に動け」
「(息子・清二に対し語った言葉)家庭だけは複雑にするなよ」
「一番得意だったのは浜口内閣の時にやった予算の討論だ。私は田中内閣の業績と現内閣のそれとを比較して政友会を大いに攻撃した。しまいには政友会側はすっかり憤慨し、鳩山一郎君などはあんな演説を聞くとなぐりたくなるねと議席から演壇の途中まで出てきたそうだが、よせよせあいつは強いからといって引戻されたと新聞に書いてあった。当時は鳩山君も元気だったものだ」
「(事業を失敗した時の言葉)二十歳で体のかっこうは一人前になるが、判断力は五歳ぐらいの子供にすぎない」
「全員が賛成したら、その計画は危ない」
「「みながやるから自分もやる」ということで、無理をしてまで仕事をしようとするな」
「(家憲)事業に役人の古手を連れて来ることは最もよくない。役人気質で事業は成り立たない。〜 中略 〜 役人気質は日々生死の境を行く真剣な事業家のなす処ではない」
「私の死後10年間は新しい事業に手を出すな」
「(土地開発に関する理念)日本が発展すれば中産階級が台頭し、リゾート地の需要が大きく高まる。だから中産階級が使えるリゾート地を開発することは、国のためになるのだ」
「(26歳で土地を購入した時に区長に言った言葉)私は大隈重信の秘書をやっております。こんど別荘地をつくりたいから、この区の中で100万坪を売ってください」
関連する名言
「私は誰とも争わなかった。争うに値する者などいなかったから。自然を愛し、自然の次に芸術を愛した。人生の火にかざして両手を温めた。その火は今、衰えてゆく。私は旅立つ用意ができている。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「死が私の上に立ち、耳元で何かをささやく。その奇妙な言葉について私に分かるのは、そこに恐れの言葉など一言もない、ということだけだ。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「滅びたイリオンを越えてヘレネは生き、アルケスティスは黄泉の国から立ち上がる。彼女たちを呼び戻すのは詩であり、死すべき乙女たちに不滅の若さを与えるのも詩である。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「名声の門と墓の門は、同じ楣(まぐさ)の下に並んで立っている。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「一枚、また一枚と葉が落ち、一輪、また一輪と花が散る。寒い時節に散るものも、暖かい時節に散るものもある。ひとしく咲き、ひとしく散り、それらを育てた大地がすべてを迎え入れる。大地の賢い子である私たちは、命が尽きたとき、その懐に身を沈めることにもっと満足してよいのではないか。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「死は姿こそ見えないが、すぐそばにいて、私の八十歳を惜しんでいる。私はこの最後の歳月をそっくり彼にくれてやってもいい、五十年前に過ぎ去ったあの一年と引き換えに。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「批評家ぶった口がやかましいこの世でささやかれるあらゆる「きまり文句」のなかで、偽善者のそれが最悪かもしれないが、いちばん苦痛なのは批評のきまり文句だ。」
— ローレンス・スターン
「時はあまりに速く過ぎ去る。私が一字を記すたびに、人生がどれほどの速さでペンのあとを追ってくるかを思い知らされる。」
— ローレンス・スターン
「脱線は、まぎれもなく陽光だ。脱線こそ読書の命であり魂である。」
— ローレンス・スターン
「人間の身体と精神は、上着とその裏地のようなものだ。一方をしわくちゃにすれば、もう一方もしわくちゃになる。」
— ローレンス・スターン