「俺が好きな今田耕司は昔楽屋で『今日誰か飲みに行くか』って言っても 誰からも返事されへんかった頃の今田耕司や!!」
東野幸治の他の名言
「これが面白いんだと思ってやり続けるのがお笑い」
「僕なんてタレントという職業に魂売ってるんで、ちゃんと真正面からお笑いに対して向き合ったりしていない」
「当時はコアな芸人をコアなお笑いファンが観に来ていて、全部コアで成立してたんですよ。たとえば画びょう全部外向きにつけたボールでビーチバレーとか、マグロの頭でサッカーしてよかったんです」
「26〜27歳のころ、娘が喘息で入院せなアカンようになって、嫁はんも医療費払われへんからって内職を始め・・そういうイヤでも向き合わないとアカンようになったんですよ。そこでようやく、ちゃんとがんばらなと。子どもにゴハン食べさせなアカンし、ちゃんとお金稼がなアカンと思えるようになった。僕、ホンマに結婚しててよかったですよ。もし自分ひとりやったら、どうでもよかったし」
「24歳ぐらいで結婚したんですよ。子どもが生まれて、その後ダウンタウンさんは東京行って、僕は大阪にいてレギュラーがラジオ6本。普通に寝っ転がってTV観ながら“ダウンタウンさんってスターになったなーって思ってましたもん(笑)」
「売れるとか売れないとか、どうしたいとかどうなりたいとか、これっぽっちも考えてなかったです。“もう就職せんでええやんっていう感じで、ほとんどナメた態度でこの世界に入ってきましたね」
「オーディションは公開録音のラジオ番組で、ダウンタウンさんが司会でしたね。豪華賞品がもらえるって友だちに誘われて、行ってボールペンもらって帰ってきました。その後、 “今、人集めてるから、よかったら来ないか?って誘われたんです」
「お笑いは好きでしたけどね。学生時代に漫才ブームがあって、さんまさんや紳助さんが好きでしたし」
「劇団ひとりのことについて言うてはったんですけど、“売れる芸人って言うのは、狂気と優しさを兼ね備えた人ですって。まさにそのとおりやなあと思いましたね」
「オンエアされるされない別にして、芸人さん同士の掛け合いでアクセル踏めるんです。いや、むしろ、オンエアされないとわかりながらしゃべってるところも多いので、フラストレーションはたまらないし、スゴイやりきった感じになれるんですよね。ホンマ、ありがたい番組やと思ってます」
関連する名言
「私は誰とも争わなかった。争うに値する者などいなかったから。自然を愛し、自然の次に芸術を愛した。人生の火にかざして両手を温めた。その火は今、衰えてゆく。私は旅立つ用意ができている。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「死が私の上に立ち、耳元で何かをささやく。その奇妙な言葉について私に分かるのは、そこに恐れの言葉など一言もない、ということだけだ。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「滅びたイリオンを越えてヘレネは生き、アルケスティスは黄泉の国から立ち上がる。彼女たちを呼び戻すのは詩であり、死すべき乙女たちに不滅の若さを与えるのも詩である。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「名声の門と墓の門は、同じ楣(まぐさ)の下に並んで立っている。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「一枚、また一枚と葉が落ち、一輪、また一輪と花が散る。寒い時節に散るものも、暖かい時節に散るものもある。ひとしく咲き、ひとしく散り、それらを育てた大地がすべてを迎え入れる。大地の賢い子である私たちは、命が尽きたとき、その懐に身を沈めることにもっと満足してよいのではないか。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「死は姿こそ見えないが、すぐそばにいて、私の八十歳を惜しんでいる。私はこの最後の歳月をそっくり彼にくれてやってもいい、五十年前に過ぎ去ったあの一年と引き換えに。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「批評家ぶった口がやかましいこの世でささやかれるあらゆる「きまり文句」のなかで、偽善者のそれが最悪かもしれないが、いちばん苦痛なのは批評のきまり文句だ。」
— ローレンス・スターン
「時はあまりに速く過ぎ去る。私が一字を記すたびに、人生がどれほどの速さでペンのあとを追ってくるかを思い知らされる。」
— ローレンス・スターン
「脱線は、まぎれもなく陽光だ。脱線こそ読書の命であり魂である。」
— ローレンス・スターン
「人間の身体と精神は、上着とその裏地のようなものだ。一方をしわくちゃにすれば、もう一方もしわくちゃになる。」
— ローレンス・スターン

