「Mr.Childrenって、さあこの指とまれっていうサビでみんなで思いを共有するっていう。それをお茶の間レベルでちゃんとやる存在だったけど、もう音楽全体がそれを必要としてないかもしれないと思ったときに、どこにボールを投げていいのかわからないっていうのはすごくありましたけどね。「今、必要とされてるポップソングってなんだろう?」っていう、うん。だから、持ってる全部の球種を使って投げるっていう」
桜井和寿の他の名言
「(ミスチルにとってライブとは?)という質問に対して。人生(ライフ)に生命(いのち)を与える点と点。一つは私で一つはあなた」
「人生経験があればあるほど、辞書なんかも厚ければ厚い程、探すのが大変になりますよね」
「CDが売れなくなったのは音楽配信もあるだろうけど CD=お金になる と飛びついた人たちがそんなに素敵じゃない音楽を価値のあるようなもののようにしてやってきたからその評価が落ちてきただけの話のような気がする」
「社会の価値観なんて本当いいかげん。時代や国によっても変わる。芸術っていうのはある意味、無意味な常識とか無意味な秩序、無意味な道徳を壊す力があると思うんです」
「あきらめるとは、明らかに見極める」
「(「ライブとは?」という質問への答え)夢と現実が合わせ鏡となって見せてくれる、大切な今」
「僕らのファンである貴方たちが、僕らを育ててくれました」
「(レコード大賞を受賞した時の言葉)この賞は僕達じゃなくて僕達のスタッフの皆さんに贈られた賞なのでスタッフの皆さんにおめでとうございます。を言いたいです」
「たとえ話でなく、実際に誰かの背中を押そうとするとき、押された方はもちろん前へ動き出すけれど押している方だってそのぶん力を込めて前へと踏み出しているんだよね。ということは誰かの背中を押すということは同時に自分自身の背中を押すことでもあるような気がするのです」
「無駄ほど価値があるものは無い」
関連する名言
「私は誰とも争わなかった。争うに値する者などいなかったから。自然を愛し、自然の次に芸術を愛した。人生の火にかざして両手を温めた。その火は今、衰えてゆく。私は旅立つ用意ができている。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「死が私の上に立ち、耳元で何かをささやく。その奇妙な言葉について私に分かるのは、そこに恐れの言葉など一言もない、ということだけだ。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「滅びたイリオンを越えてヘレネは生き、アルケスティスは黄泉の国から立ち上がる。彼女たちを呼び戻すのは詩であり、死すべき乙女たちに不滅の若さを与えるのも詩である。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「名声の門と墓の門は、同じ楣(まぐさ)の下に並んで立っている。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「一枚、また一枚と葉が落ち、一輪、また一輪と花が散る。寒い時節に散るものも、暖かい時節に散るものもある。ひとしく咲き、ひとしく散り、それらを育てた大地がすべてを迎え入れる。大地の賢い子である私たちは、命が尽きたとき、その懐に身を沈めることにもっと満足してよいのではないか。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「死は姿こそ見えないが、すぐそばにいて、私の八十歳を惜しんでいる。私はこの最後の歳月をそっくり彼にくれてやってもいい、五十年前に過ぎ去ったあの一年と引き換えに。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「批評家ぶった口がやかましいこの世でささやかれるあらゆる「きまり文句」のなかで、偽善者のそれが最悪かもしれないが、いちばん苦痛なのは批評のきまり文句だ。」
— ローレンス・スターン
「時はあまりに速く過ぎ去る。私が一字を記すたびに、人生がどれほどの速さでペンのあとを追ってくるかを思い知らされる。」
— ローレンス・スターン
「脱線は、まぎれもなく陽光だ。脱線こそ読書の命であり魂である。」
— ローレンス・スターン
「人間の身体と精神は、上着とその裏地のようなものだ。一方をしわくちゃにすれば、もう一方もしわくちゃになる。」
— ローレンス・スターン

