過去に、辞書機能を付けたパンフレットを刷るとか、解説を電光掲示板に流した時期もありました。しかし「想像力を働かせるもの=不親切」と捉えるいまの時代の風潮には首を傾げます。不親切ではなく、自分の好きなように観て、想像して構わない面白さが狂言にはあるのですから

野村萬斎の他の名言

学生時代、休憩時間はアイドルでしたからね。女の子たちの前で10分劇場みたいなことをしたり、休憩時間の直前に女子トイレの入り口に隠れて女の子が入ってくる時に『ようっ!』と出ていったり・・
『職業は?』と聞かれたら『野村萬斎』と答えたい
役作りの上でヒントにするのは私の周りにいる人たちです。狂言に出てくる“飲み助は酒に飲まれてしまう役回り。羽目を外して飲む人をじっくり観察しています。とはいえ、私も飲み助です。いつのまにか一緒に飲んでしまいます
本当は洋食も好きなのです。朝は必ずアールグレイの紅茶にパン。本格的なインドカレーだって大好き。能楽堂を離れた食事選びにまで、私は“和の演技を求められます(笑)
仕事柄、私には“和のイメージがあるようです。だれかにご案内されるのも和食が多い。家族にも、外食時には普段食べられない本格的な和食がいいと言われ、結局寿司や鰻に行くことになってしまいます
舞台があるときは、必ず和食を食べるようにしています。海外公演で日本食の店がないときでも、最低限米さえ食べられれば、なんとか力が湧いてくる
伝統って昔の点のように見えるかもしれないけど、実は過去から現在までずっと続いてきている線なんですよ。時代を経て古くなり、どこかが抜け落ちて点線になれば、その度ごとに自分たちで間を埋めていっているんです
古典芸能は、享受する側が視覚や聴覚、いろいろな感覚を使い、時を超えて繰り返しアプローチしても揺るがない、豊かなエンターテインメントです。そういった面白さを伝えるプログラムも劇場には必要なんですよね
狂言は「省略の美学」といわれますが、演じる側の都合で、わかりにくさと不親切があるのなら、多少なりとも手ほどきはしたほうがいいでしょう
民間の立場で舞台を創作すれば採算性を一番に考えなければならない。となるとお客を呼べる役者と、親切なストーリー、視覚的にもわかりやすい装置といった「わかりやすさ」に向かうこともあるでしょう。もちろん、それを否定するわけではありませんし、その条件下だからできることもあります。ですが、元が取れれば、まるで紙コップのように捨ててまた次へ・・・・、という創作になるのだとすれば、刹那的すぎる気もします。われわれは税金や公的なお金で運営をしていますし、できるだけ再演に堪えうる作品、将来的に劇場や地域の財産になる作品を発信しなくてはならないと考えます

関連する名言

自分が知らないことに怯えてはいけない。それはあなたの最大の強みになり得るし、他の誰とも違うやり方をする助けになる。

サラ・ブレイクリー

失敗とは結果のことではない。挑戦しないことこそが失敗なのだ。

サラ・ブレイクリー

知らないことを受け入れなさい。特に始めのうちは。知らないことこそ、あなたの最大の武器になり得るのだから。

サラ・ブレイクリー

進んで間違いを犯すことが大切です。起こりうる最悪のことは、あなたが強く記憶に残る存在になることくらいなのですから。

サラ・ブレイクリー

私たちが行動できない理由の多くは、失敗を恐れているからだ。私はある日、恐れを理由に人生で何かをやめるのはもうやめようと決めた。

サラ・ブレイクリー

わざわざ研究などしなくても、はじめからいえることは、人間がいきいきと生きて行くために、生きがいほど必要なものはない、という事実である。それゆえに人間から生きがいをうばうほど残酷なことはなく、人間に生きがいをあたえるほど大きな愛はない。

神谷美恵子

人間が最も生きがいを感じるのは、自分がしたいと思うことと義務とが一致したときだと思われる。

神谷美恵子

自己の生存目標をはっきりと自覚し、自分の生きている必要を確信し、その目標にむかって全力をそそいで歩いているひと。いいかえれば使命感に生きるひとではないであろうか。

神谷美恵子

私たちにできることは、何か呼び声が聞こえたときに、それにすぐ応じることができるように、耳をすましながら、用意することである。

神谷美恵子

他人が自分をけなしても、それで自分の価値が下がるわけでもなく、褒めても自分の価値があがるわけでもない。そもそも自分の価値のあるなしすらわからないのが人間ではなかろうか。ただ自分は自分でしかないのだ。

神谷美恵子

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