「水俣病を撮り続け、海外でも高く評価された土本典昭さんは『不知火海』という作品で、補償金をもらって陸に上がった漁師が、品のない家を建てて金ぴかの調度品で部屋を飾っている様子も撮っています。そのような、水俣病を告発するというプロパガンダからはみ出した部分こそがドキュメンタリーの神髄です。人間の豊かさや複雑さに届いている表現だからこそ、人の思考を深め、結果的に社会を変えられるのだと思います」
是枝裕和の他の名言
「(「家族」のとらえ方について)バランスは作品事に微妙に変わるけど、いつも描く時に考えるのは、“やっかいだけどかけがえのないというところ。どっちもやりたいなと思っています」
「自分が子供の頃に思い描いていた53歳って、もっと大人だと思っていた。息子として、もっとちゃんと全うしてあげてればよかったなとか、父親ってこの程度で大丈夫なの?という事を含めて、自分がある種、こうありたいと思っていた像とはどれも違うよね」
「『海街diary』は背筋を伸ばして生きようとしている人たちの話であるのに対して、『海よりもまだ深く』は背筋を丸めるだけまるめて生きている人の話だけど、同時並行することで、お互いのやろうとしていることが、より自分の中で整理できるかもしれないと思ったんです」
「映画監督の大島渚はかつて、木下恵介監督の『二十四の瞳』を徹底的に批判しました。木下を尊敬するがゆえに、被害者意識を核にして作られた映画と、それに涙する『善良』な日本人を嫌悪したのです。戦争は島の外からやってくるのか?違うだろうと」
「今の日本の問題は、みんなが被害者意識から出発しているということじゃないですか」
「日本では多数派の意見がなんとなく正解とみなされるし、星の数が多い方が見る価値の高い映画だということになってしまう。『浅はかさ』の原因はひとつではありません。それぞれの立場の人が自分の頭で考え、行動していくことで、少しずつ『深く』していくしかありません」
「ロシア人の記者に『君は気づいてないかもしれないが、君は遺された人々、棄てられた人々を描いている。それが君の本質だ』って言われたことがあります。で、確かにそうだった。ずっと『棄民』の話を撮りたいと思っていたから。すばらしいでしょ」
「『そして父になる』の上映会では、観客から『ラストで彼らはどういう選択をしたのですか?』という質問が多く出ます。はっきりと言葉では説明せずにラストシーンを描いているから、みんなもやもやしているんですね。表では描かれていない部分を自分で想像し、あの家族たちのこれからを考えるよりも、監督と『答え合わせ』してすっきりしたいんでしょう」
「同調圧力の強い日本では、自分の頭でものを考えるという訓練が積まれていないような気がするんですよね。自分なりの解釈を加えることに対する不安がとても強いので、批評の機能が弱ってしまっている。その結果が映画だと『泣けた!』『星四つ』。こんなに楽なリアクションはありません。何かと向き合い、それについて言葉をつむぐ訓練が欠けています」
「世の中には意味のない勝ちもあれば価値のある負けもある。もちろん価値のある勝ちが誰だっていい。でもこの二つしかないのなら、僕は価値のある負けを選びます。そういう人間もいることを示すのが僕の役割です」
関連する名言
「死の恐怖は、死そのものより人を悩ます。」
— 赤井秀一
「そんな顔をするな…命に代えても守ってやる…」
— 赤井秀一
「目先の事に囚われて…狩るべき相手を見誤らないで頂きたい…」
— 赤井秀一
「取り憑かれているんじゃない…冒されているんだ…好奇心という名の…熱病にな…」
— 赤井秀一
「思い出していたんだ…おまえによく似た女を…平静を装って陰で泣いていた、ばかな女のことをな…」
— 赤井秀一
「まさかここまでとはな…」
— 赤井秀一
「風はろうそくの火を消し、たき火を燃え上がらせる。ランダム性や不確実性、混沌も同じだ。それらから隠れるのではなく、使いこなしたい。私はたき火でありたいし、風を待ち望みたい。」
— ナシーム・ニコラス・タレブ
「愚か者が「時間の無駄」と呼ぶものこそ、たいていは最良の投資である。」
— ナシーム・ニコラス・タレブ
「受け取る金より、断った金のほうが美味しく感じられるとき、あなたは豊かである。」
— ナシーム・ニコラス・タレブ
「先延ばしは私たちの自然な防御なのだと、理解している人は少ない。物事が自ら片づき、反脆さを発揮するのに任せているのだ。」
— ナシーム・ニコラス・タレブ