「真の友情とは、相互間の正しい軽蔑の上においてこそ、はじめて永続性をもつものではないのだろうか。」
中野好夫の他の名言
「善意、純情の犯す悪ほど困ったものはない。第一に退屈である。さらに最もいけないのは、彼らはただその動機が善意であるという・・」
「友情とは、相手の人間に対する9分の侮蔑と、その侮蔑をもってしてすら、なおかつ磨消し切れぬ残る1分に対するどうにもならぬ・・」
「およそ世の中に、善意の善人ほど始末に困るものはないのである。ぼくは善意、純情の善人から、思わぬ迷惑をかけられた苦い経験・・」
「聡明な悪人こそは地の塩であり、世の宝である。」
「金がいらぬという男は怖ろしい。名誉がいらぬという男も怖ろしい。無私、無欲、滅私奉公などという人間にいたっては、ぼくは逸・・」
「悪人というのは概して聡明な人間に決まっている。」
「悪は決して無法でない。」
「善意から起こる近所迷惑の最も悪い点は一にその無法さにある。無文法にある。警戒の手が利かぬのだ。」
「(善意から起こる近所迷惑のような)善人のゲームにはルールがない。どこから飛んでくるかわからぬ一撃を、絶えずぼくは恟々と・・」
「死後の生存などというものは、なくて幸福、あってくれてはただもう大迷惑というに尽きる。(中略)要するに、生命などというも・・」
関連する名言
「自然は、鍵盤があらゆる音楽の音を含んでいるように、あらゆる絵の色と形の要素を含んでいる。」
— ジェームズ・マクニール・ホイッスラー
「画家に「自然をありのままに受け取れ」と言うのは、ピアニストに「ピアノの上に座ってよい」と言うようなものだ。」
— ジェームズ・マクニール・ホイッスラー
「芸術は「起こる」ものだ。どんな掘っ立て小屋もそれから安全ではなく、どんな王侯もそれをあてにはできない。」
— ジェームズ・マクニール・ホイッスラー
「自然が常に正しいという主張は、芸術的には、世間で当然のように信じられているほど真実ではない。自然が正しいことは極めて稀で、むしろたいていは間違っているとさえ言えるだろう。」
— ジェームズ・マクニール・ホイッスラー
「芸術における勤勉は、必要であって美徳ではない。仕事の跡を消せるのは、仕事だけなのだから。」
— ジェームズ・マクニール・ホイッスラー
「イギリス芸術などというものはない。イギリス数学と言うようなものだ。芸術は芸術であり、数学は数学なのだ。」
— ジェームズ・マクニール・ホイッスラー
「私は君と議論しているのではない。君に告げているのだ。」
— ジェームズ・マクニール・ホイッスラー
「私は子どもたちのために書くのではない。童心を持つ人々のために書くのだ。それが五歳であろうと、五十歳であろうと、七十五歳であろうと。」
— ジョージ・マクドナルド
「本物の芸術作品は、多くのことを意味するものだ。芸術として真実であるほど、それはより多くのことを意味する。」
— ジョージ・マクドナルド
「おとぎ話は、蝶や蜜蜂のようにあらゆる方向から糧を得て、健全な花という花から蜜を吸い、しかもどの花も傷つけない。」
— ジョージ・マクドナルド
