「壁にぶつかって苦しんでいる後輩がいても、ある程度までは声を掛けないようにしています。すぐに助けてしまうと、いつでも助けてくれると思い、成長が止まってしまう。どうしてもだめなときに、何かのきっかけを与えるくらいでいいと思います」
竹下佳江
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「壁にぶつかって苦しんでいる後輩がいても、ある程度までは声を掛けないようにしています。すぐに助けてしまうと、いつでも助けてくれると思い、成長が止まってしまう。どうしてもだめなときに、何かのきっかけを与えるくらいでいいと思います」
竹下佳江
「転機となったのは、それ(身長のハンデ)を長所に変えるためにどうするか、と思考を変えることができたことです。それに、苦しんだ分だけ人は成長できると思います」
竹下佳江
「私は159センチしかないので、バレーでは大きな弱点です。もちろん、そのことに悩んだ時期もありますし、周りから非難され、一時バレーから離れたこともあるほどです」
竹下佳江
「年齢が上がるにつれ「ぶれてはいけない」ということも心がけるようになりました」
竹下佳江
「私も年齢が上がるにつれ、若い子から答えを求められることが多くなりました。また、子供向けのバレーボール教室で教えていても、最初から答えを知りたがる子供が多いように思います。その際には、やはり自分で考えるよう仕向けることが大事だと考えています」
竹下佳江
「男性の監督が女性のチームを率いることになるので、男女の考え方の違いはありました」
竹下佳江
「監督が選手たちに納得がいかないことはどうしてもあります。ただ、選手は選手でまた違った考え方を持っているので、そこは監督にオブラートに包みながら話を持っていったりとか、タイミングを見て伝えたりしていました。幸い、聞き耳を持ってくれる監督が多かったですね」
竹下佳江
「私もやはりキャプテンとして、監督の言うことをそのままストレートに伝えることは絶対にありませんでした。妥協点を見つけながら、自分の言葉で伝えるようにしていましたね」
竹下佳江
「結果論かもしれませんが、やはりメダルを取った年はチームワークがよかった気がします。違いは、目標が明確だったかどうか。目標がしっかりしていれば、それに向かって走り続けることができますから」
竹下佳江
「やはり体育会系なので、自然と先輩後輩の関係になりがちです。そこであえて自分がくだけた状態で接して心を開いてもらう一方、コートの中では絶対にそういう関係ではいけない。オンとオフの切り替えを意識していました」
竹下佳江
「本当にすごい個性を持った人の集まりでしたね。ただ、どんな人でもまずは「相手を認める」ことを心がけていました。一方で、自分を理解してもらうことも大事なので、そこをうまくつなぎ合わせるようにしていました」
竹下佳江
「私の現役中最後の監督である眞鍋政義監督は、周りをしっかり見て、まとめ上げることのできる、まさにセッター型の監督でした」
竹下佳江