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われら儒者が主体を涵養する場合、けっして主客関係と遊離したりしないで、ひたすら天然自然の法則にまかせること、それこそが努力することになるのである。仏者は、むしろ、主客関係をすっかり絶縁しようとし、主体を真に存在するものではないとみなすから、だんだんと虚無寂滅の世界に埋没してしまい、世俗社会とはつゆほどの交渉も持たないようになってしまう。だから仏者は天下を統治することができないのだよ

王陽明

転地万物は、人間ともともと一体のものなのだ。最も精密にはたらくのが人間の霊明にはたらく心なのである。風雨露雷、日月星辰、禽獣草木、山川土石の類は、人間ともともと一体なのだ。だからこそ五穀や禽獣の類は、みな人間を養うことができるし、薬石の類はみな病気を治すことができるのである。それはひとえに一気を同じくしているからこそちゃんと通じあえているのだよ

王陽明

諸君が努力する際には絶対むやみに進歩しようとしてはいけない。素質のとびきりすぐれた人はまずは皆無なのだから、学ぶ者が、聖人に一足とびに飛躍する道理など無い。起き上がったり転んだり、進んだり退いたりするのがあたりまえの努力なのである。昨日はちゃんと努力できたのに、今日になってできないからといって、むりにとりつくろって破綻のないようなふりをするのは、これこそがむやみに進歩しようとすることであって、さきの努力をさえもすっかりだめにしてしまうから、これは小さな過失ではない。たとえば、道行くひとが、けつまづいて転んだなら、おきあがってまた歩くようなものだよ。転ばなかったふりをして人を欺くことはないのである

王陽明

人間性を回復する学問にいそしむ場合、あらゆる名声や利益、嗜好などについてはいずれもすっかり洗い落とすことができたとしても、それでもなお生に執着し死を恐れる意識がすこしでも残っていたら、それは不純な意識が融解しないままに完全な本体を覆っていることになる。人間にとって生に執着し死を恐れる意識は、もともと身体を持つ存在として生まれた当初からおびてきたものであるから、その意識を排除するのは容易ではない。もし、このことがはっきり理解でき、すっかり得心がいったならば、我々人間の完全な本体はそれでこそ自由自在に発現し、それでこそ「本性を発揮し天命のままになる」学問なのである

王陽明

衆人とていとけなき子供のときから、この良知を完全なままもっていないものはいない。かげりが多いというだけのことである。そうはいっても本体としての良知だから、もともと簡単に消滅するものではないので、たずねては学び、かげりを克治するというのも、やはりひとえにこの良知を拠りどころにするのである。学ぶ割合が多いので、それで「学んで理解し努力をかさねて実行する」(中庸)というだけのことさ

王陽明

人間の主体そのものは天や淵と同じである。我々の本体はすべてを包括しているから、もともと一つの天なのである。ただ私的欲望にさえぎられるために、天の本体が見失われてしまうのだよ。我々の創造発見するのは果てしがありませんから、もともと一つの淵なのである。ただ私的欲望にふさがれているために、淵の本体が見失われてしまうのだよ。もしいつも良知を発揮することを自覚して、このさえぎりふさぐ原因をすっかり取り去ったならば、本体はもはや回復するから、もとの天・淵になるのさ

王陽明