「今思えば、上宮は相当レベルが高かったんでしょうね。高校生活が3年間で本当によかった(笑)。でも、しんどいことでも、それを乗り越えられればその先に何かあるということがわかったし、だからこそ、きつかった経験をネガティブに捉えるのはもう止めようと思えるようになりました」
黒田博樹
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「今思えば、上宮は相当レベルが高かったんでしょうね。高校生活が3年間で本当によかった(笑)。でも、しんどいことでも、それを乗り越えられればその先に何かあるということがわかったし、だからこそ、きつかった経験をネガティブに捉えるのはもう止めようと思えるようになりました」
黒田博樹
「小学校から中学校までは親父が監督をするチームでプレーしていたんですけど、とにかくグラウンドに行くのが楽しみで仕方なかった。ただ、それ以降は地獄でしたけどね。だからこそ、今もあまり楽しんだらいけないと思っているのかもしれないですね。苦しまないといい仕事ができない、というか」
黒田博樹
「仕事ですからね、野球は」
黒田博樹
「もしかしたらいつまでも野球を好きになれないのかもしれない。いや、好きだから続けているのかもしれない。子供のころからやっているので、宿命のように感じている部分もありますし、でも一方で何度か野球を辞めるタイミングがあったのに辞めなかったということは、好きなのかもしれない」
黒田博樹
「ヤンキースというチームに来て、あれだけの契約をしてもらいましたから(1年1000万ドル)、どうしても全部勝たなきゃいけない、という感覚になっていました。マラソンでいえばスタートしたてのまだまだ先が長いなか、ピッチが上がっていかないというのは相当しんどかったです」
黒田博樹
「(チームの中心選手である)ジーターが、ポサダ(ヤンキースのOB)とかに、うちの投手陣で一番好きなピッチャーのヒロキだよ、っていつも紹介してくれたんです。お世辞かもしれないですけど、すごく嬉しかったし、また一緒にプレーしたいと思いましたね」
黒田博樹
「僕らは市民球場でまったくお客さんが入らない時代も、万年Bクラスの時代も知っています。誤解して欲しくないんですが、カープは今はすごくプロ野球のチームっぽくなった(笑)。もちろん、いい意味で」
黒田博樹
「(座右の銘について)雪に耐えて梅花麗し ー 寒い冬を耐え忍んだ梅の木ほど、華麗な花をつける」
黒田博樹
「勝ち星ではなかなか大投手と呼ばれる人たちに追いつかなかったとしても、そこは自分の力で行ける部分だと思うんで。イニングをこなすというのは、怪我をせず、コンディションを整えて投げ続けるということ。自分の野球が終わるときが来たら、そこは自分でそれなりに評価できるところじゃないかなと思います」
黒田博樹
「(「日米通算の登板イニング数」が歴代最多となったことについての言葉)そうなんですよ。誰も気づいてくれないんです」
黒田博樹
「(甲子園に出ていれば人生は変わっていたかという質問に対する答え)天狗になってしまうということも含めて、まず、大学の進路が変わっていたでしょう。僕は専修大学に行って、『甲子園に出た選手には負けたくない』という気持ちでやっていた。そういうモチベーションは確実にあった。他の(強豪)大学に入っていたら、そういう気持ちも無く、そこで潰れていたかもしれない。だから、人生の節目ってあるんですよ」
黒田博樹
「いつまで体が続くかわからないですけど、体が続く限り、チームのために投げていきたいと思っています」
黒田博樹