「負けたくない。自分の選手は絶対、表彰台に立たせてやりたい」
井村雅代
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「負けたくない。自分の選手は絶対、表彰台に立たせてやりたい」
井村雅代
「私、当時から子供たちに怒ってたよ(笑)。ただ、無駄な怒り方やった。いまは年いったおかげで、エネルギーをうまく使えるようになった」
井村雅代
「いまにして思えば、確かにあのときが最大の試練だったんやろうね。でも当時は辛いとか考える余裕もなかった。ただぐっと堪えるしかなかった」
井村雅代
「スピンの練習をしていたときです。微妙に合っていないところがあった。感覚としてはわかるけど、具体的に指摘できない。だから、『だいたい合ってるわ』って言ったら2人は、『水の中では違うもんね』って答えた。ムカつきましたよ(笑)。合っていないのが彼女たちにはわかっている。ところがコーチの私には見破れなかった」
井村雅代
「私が優勝したときのチームメイトを教えていたんですが、デュエットで優勝した双子の姉妹がいたんです。私はデュエットでは3位だったから、力は向こうのほうが上」
井村雅代
「24歳のとき、大学を卒業して中学校の教師になって1年目にようやく優勝できた。目標を達成したから、すっぱり選手をやめたんです」
井村雅代
「案の定、次の年に先輩たちがやめたら優勝を逃して、その後は負け続け。あのとき、再び勝つまではシンクロをやめられないと思ったんです。負けっぱなしでやめるのは嫌だった」
井村雅代
「私自身は大したことない選手だったんですわ。このときは先輩4人がうまい人ばっかりだったから」
井村雅代
「私は中学1年のときに、浜寺の全課程を卒業したんですが、その時点で、日本水泳とシンクロと水球の3つの種目の内、どれかを選ばなければならず、私はシンクロを選んだんです」
井村雅代
「私が浜寺に入ったのは小学校4年生のとき。水練学校といっても、プールがあるわけじゃない。海でひたすら遠泳です」
井村雅代
「泣いて上手になるんやったら、私が代わっていくらでも泣いたげる。泣いてもその分疲れるだけやで!」
井村雅代
「トライせえへんのやったら帰り!」
井村雅代