「わたしたちは、映画のシナリオを書くときに、まず、台詞と視覚的な要素をはっきりと区分し、つねに、できるかぎり台詞にたよらずに、視覚的なものだけで勝負することがかんじんだ。どんなふうに話を運ぶにせよ、最終的に観客が息をのむところまで確実に持っていかなければならないからだ」

アルフレッド・ヒッチコックの他の名言

「『サイコ』は観ている人に悲鳴や叫び声を上げさせるために作られたものだった。でも、ジェットコースターの悲鳴や叫び声以上のものではなかった・・お客さんが楽しんで笑いながらジェット・コースターから降りてくれることを望んでいるだけだがら、それ以上の大それたことをする必要はなかったんだ」
「あれ(映画『サイコ』)を真に受ける人がいるのを知って私はビックリしたね」
「私の感じでは、あの(映画『サイコ』の)内容は笑えるものだったし、たちの悪いジョークだったんだよ」
「私は自分自身の作品を見るのが怖いのです。だから決して私の作品を見に行くことはありません。どうやって観客の皆さんが私の作品に耐えているのか、私にはわかりません」
「中庭の向こう側の光景は、様々な人間の縮図だ」
「主題なんか、どうでもいい。演技なんか、どうでもいい。大事なことは、映画のさまざまなディテールが、映像が、音響が、純粋に技術的な要素のすべてが、観客に悲鳴をあげさせるに至ったということだ」
「何かを表現するためにスクリーンに映像をつらねるときには、けっして事実にわずらわされてはならないということ。いかなる場合にも、あくまでも映画的な手法を正しく使うことによってのみ、自分の求めたもの、頭に描いていたすべてのイメージを、獲得できる。自分の求めていたイメージと寸分たがわぬイメージを生みだすことこそ、映画作家の夢だ」
「映画づくりの鉄則は、迷いが生じたら、どんなことがあっても、すぐ確実な地点へ戻ってやり直す(run for cover)ことだ」
「わたしが思うに、映画俳優にとって必要欠くべからざる条件は、ただもう、何もしないことだ。演技なんかしないこと、何もうまくやったりしないこと。そして、とにかく、できるだけ柔軟性のある動きができること」
「観客の心をしっかりと掌中におさめていれば、観客は映画といっしょに考えてくれるので、ハッピーエンドがいらない場合もありうる。ただ、その場合には映画の体内にたっぷりエンタテインメントの滋養分をあたえてやらなければならない」

関連する名言

「悪を生み出すのに必要なのは、怠慢だけである。」

— チャールズ・スポルジョン

「聴衆よ、ささいな遅れや、ほんの少しの先送りにこそ気をつけなさい。」

— チャールズ・スポルジョン

「折にかなって祈る人こそ、あらゆる折に祈る可能性が最も高い人である。」

— チャールズ・スポルジョン

「荒れ地を開墾するために働かない教会は、やがて自らが荒れ地となる。」

— チャールズ・スポルジョン

「この時から、私はその廃止を成し遂げるまでは決して休まないと決意した。」

— ウィリアム・ウィルバーフォース

「これほど多くの悲惨がこれほど狭い場所に凝縮されている――それは、人間の想像力がこれまで思い描いたいかなるものをも超えている。」

— ウィリアム・ウィルバーフォース

「死者の数がそれ自体を物語っており、あらゆる調査を不要にしている。」

— ウィリアム・ウィルバーフォース

「私が訴えるのは彼らの感情ではない。求めるのはただ、冷静で公平な理性だけである。」

— ウィリアム・ウィルバーフォース

「私たちは、このような光景を思い描くことに、どうして耐えられようか。」

— ウィリアム・ウィルバーフォース

「キリスト教は、世の道徳の水準を、異教世界でかつて見られたものよりもはるかに高く引き上げた。」

— ウィリアム・ウィルバーフォース

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