比較的健康な時代は、物の値打ちと人の概念が、わりにひっついているものだ

色川武大の他の名言

君にとって家庭とは何か、と問われたら、自分の根のようなものだ、と、答えるでしょう。自分の根のようなものになっていて、どうやっても根以外のものにはなりえないものだ、というふうに
昔、大嫌いだったのは浅草のことを書いた小説だ。浅草に住んでも居ない人間が、ちょいとのぞきにきて、自分はインテリ、浅草は庶民、そんなふうな顔をしてどこか遠くの自分の家に帰っていく。ああいう小説は許しがたいと思っていた
例外にひるまず、どんな例外にも身体が反射的についていくことができるかどうか
いつでもなかなか醒めている連中がいて、ババ抜きゲームを興趣ゆたかに盛大にさせ、自分たちはいつのまにかあがって、ババを敗者たちに残していく。株では、今までいつも大衆がこの役割をさせられてきた
現代社会は年齢相応にやるように規制されている観があるが、その眼から見ると、私などはおっちょこちょいの軽薄男で、わけのわからぬお化けみたいな存在だろう。いいじゃないか。どうせ皆、みっともないのだ。お化けを自認する度胸があれば、それもまた楽しい
不気味なものというものはやはりこの世にあるのであり、それどころか、人間が本当に生きようとすると、恰好が整わなくなって化け物のようにならざるを得ない。大仰であろうか
誰だって、この世に一ヶ所ぐらい思いどおりになるところがあっていい
私はおのれ自身を苦笑することをだんだん本格的に覚えて、劣等生として微塵も揺るがなかった
才能で世間に出、それで自立している人は、まず自分の才分が世間とフィットしている偶然を喜ぶべきで、世間が何の関心も示さない部分、或いは、金銭を払うほどのことはない部分に、天賦の才がある人が居る
他の皆は、ずうっと先を歩いているんだ。自分だけ失敗して、何の実りもなしにうろうろしている。この先逆転のチャンスもない。そういう答えに直面しながら、この先長いこと耐えて健康に長生きしろって、そんなことは強制できない

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