「自分が生涯で成すべきことのひとつに携われ、情熱を傾けられていることは、どうあれ感謝すべきことで幸せなことだと思っています」
紫舟の他の名言
「集中力を一気に高めることは幼少のころから書をしているので自然と苦なくできると思います。リラックスした状態で集中しています。感情がどちらかにぶれていたり、ニュートラルではない状態にあるとき、また元気が足りないときは、よくないようです。リラックスして自然体で生み出されるものが、一番いいものだと今は思っています」
「書家になることも私が決めたわけではなく、そう“分かってからは、自分の内側を見つめるという時間を大切にしています。自分自身に答えを問う、教えてもらう、そういうことが以前よりもできるようになったような気がします」
「6歳で、この世に生を受け成すべきことの1つに出合いました。そこから、そのことを私自身が人生の中で引き受ける覚悟ができるまで、20年かかったのだと思います」
「現在の教育では、答えを導く過程は一つしか認めないことが多いですよね。この公式を使わないといけない、まだ学習していない方法論を使ってはいけないなどのルールがあって、それを守らないと間違いになります。この考えを改め、多様な過程を認めていただきたいと思います」
「(創造性が伸びたのは)家でひとりでいる時間が長かったからだと思います。子どもの頃、寂しさを感じる時間を埋めるために、いろんなことを想像していました。何時間も空想し続けていたり、物語を作り続けることで想像力を鍛えていたんです。両親は申し訳なかったと今でも言ってくれますが、一人も悪くなかったと私は考えていますよ」
「(自分の才能とは)「あきらめない」姿勢だと思います。書を始めた頃はできなかったのですが、今ではできるようになりました。子どもの頃にとても悔しい思いをして身についたことです」
「(書道を)長く続けていたことが、自分を支える自信につながったと思います。子どもの頃は、誰でも一つのことを長く続けることは難しいと思うんです。でも、書道は長く続けられたから、「自分もやればできるんだよ」という自信になりました。同時に、才能がないとトップクラスにはなれても、トップにはなれない、という思いも持っていましたね」
「今考えると、手より目の成長が早かったから、自分のことを下手だと思っていたのかもしれないですね。目はどんどん成長して、お手本と比べて自分の書がどうかを深く見ることができるのに対して、手の成長は遅かった。だから、常にお手本よりも劣っていると思っていたのかもしれません」
「私は書道を幼稚園から続けていたので、年下の子の面倒を見ることがありました。あまり努力をせずにうまくなる子がいる一方で、誰よりも努力しているのになかなかうまくならない子もいて。「才能がある子っているんだな」と思って、自分にどんな才能があるのか試したかったんです」
「書道と日本舞踊は祖母から習うように言われて始めたのですが、それ以外は私が両親に頼んで習わせてもらったんです。書道以外はどれも何年かやった後に辞めました」
関連する名言
「憂いの深いときは必ず誠を尽くして下の者に接するが、志を得れば情に任せて人に傲る。」
— 魏徴
「昔から国を失った君主は皆、安きに居て危うきを忘れ、治まっているときに乱を忘れた。だから長続きしなかったのだ。」
— 魏徴
「聖人が安きに居て危うきを思うのは、まさにこのためである。」
— 魏徴
「あいつにとって代わってやろう。」
— 項羽
「文字など、自分の名前が書ければ十分だ。剣も一人を相手にするだけで学ぶに足りない。学ぶなら万人を相手にする術を学びたい。」
— 項羽
「天が私を滅ぼすのだ。どうして渡る必要があろうか。」
— 項羽
「天が私を滅ぼすのであって、戦の罪ではない。」
— 項羽
「富貴になって故郷に帰らないのは、錦を着て夜道を行くようなものだ。誰がそれを知ってくれようか。」
— 項羽
「たとえ江東の父兄が哀れんで私を王にしてくれたとしても、どの面下げて彼らに会えようか。」
— 項羽
「聞けば漢は我が首に千金と万戸の邑を懸けているという。お前に恩をくれてやろう。」
— 項羽