「家庭という宝物は壊れて失われる時に、はじめてその真の価値を当事者に認識させる。」
伊藤整の他の名言
「愛の実体を追求しすぎることは、ラッキョウの皮をむくようなもので、ムキすぎると無くなってしまいます。」
「執着やねたみや憎しみのあるところには、やがてそれをこやしとして愛というものが咲き出るかもしれません。」
「男と女というものは、これは危険な組み合わせでな、時とすると、ものの言い方一つで夫婦別れや人死に、などという事件が起こる。」
「愛というのは、執着という醜いものにつけた仮の、美しい嘘の呼び名だ。」
「女の涙は、必ずしもいま口にしている事を理由として流れているのではない。」
「夕映えが美しいように、老人の場所から見た世界は美しいのです。」
「教養とは、ホテルの食堂やレストランで、フルコースの洋食を間違いなくきちんと食べられることだ。」
「進歩というものは、我々をいそがしくしただけで、幸福にしたとは言われないのではないか。」
「実質上の性の束縛の強制を愛という言葉で現代の男女は考えているのだ。愛してなどいるのではなく、恋し、慕い、執着し、強制し・・」
「「真相」は分からない。それを無理に追うよりも、曖昧さの薄闇の中に、物事をおぼろなままで放置せよ。そこにあるおぼろな形が・・」