「知識が増えれば、もっと深く不思議な謎が姿を現し、ますますのめり込む。期待はずれの答えかもしれないなどと心配するな。楽しむ心と自信を持って新しい石を一つずつひっくり返していけば、そのたび想像もしなかったような奇妙なものが見つかり、もっと素晴らしい疑問が出てくる。間違いなく壮大な冒険だ」
リチャード・フィリップス・ファインマンの他の名言
「僕は疑いや不確かさを持ったまま、そして答えを知らないまま生きられるんだ。まちがってるかもしれない答えを持つより、答えを知らないで生きるほうがよっぽどおもしろいよ」
「科学とは、専門家が無知であると確信することである」
「ところが奇蹟が起こった。それからも僕の一生を通じて何度となく起こったありがたい奇蹟である。つまり僕はいったん物理のことを考え始め、自分の説明しようとしていることに考えを集中しさえすれば、ほかのものなどみんなけしとんでビクともしなくなるのだ。だからこのときも話を始めてしまうと、部屋の中に誰がいるかなど、きれいに忘れて何もこわくなくなった。ひたすらこのアイデアを説明する。ただそれだけのことだった」
「物理学だけで人格を形成できるわけはなく、それ以外の人生経験からも学ばなければなりません」
「諸君が科学者として話をしているとき、たとえ相手が素人であっても決してでたらめを言ってはならない…あくまでも誠実に、何ものもいとわず誠意を尽くして語ることこそ科学者の責任である」
「科学はすべて近似にすぎない」
「それにしても世の中では僕が育てられてきた考え方とは全然違った形で、物事が動いていくもんだ」
「僕の友達に簡単なディジタルスイッチを発明して大金持ちになった男がいて、何々賞か何々講演シリーズなどにお金を寄付する人たちについて、「あの連中、いったいどんな良心の呵責を寄付金で清算しようとしているのか、わかったもんじゃない。その魂胆をようく見きわめなくてはいかん」と忠告してくれたことがある」
「すばらしいユーモアのセンスの持主だったおふくろから、僕は人間の精神の到達できる最高の形というものは、笑いと人間愛だと言うことを教えられたのだ」
「みんなと一緒に物を考え、質問をとことんまで話し合うことが、どんなに役に立つものかを僕はやっきになって説明したが、ぜんぜん効果はなかった。ほかの奴に質問などしなくてはわからないというのは、面子が丸つぶれになるからだ。」
関連する名言
「発憤して食を忘れ、楽しみて以て憂いを忘れ、老いの将に至らんとするを知らず」
— 孔子
「弈の数たるや、小数なり。専心致志せざれば、則ち得ず」
— 孟子
「臣は神を以て遇いて、目を以て視ず」
— 荘子
「松のことは松に習へ、竹のことは竹に習へ」
— 松尾芭蕉
「私の経験とは、私が注意を向けることに同意したものである」
— ウィリアム・ジェームズ
「最高の瞬間は、困難で価値あることを成し遂げようと、心や体が自ら限界まで張りつめたときに訪れることが多い」
— ミハイ・チクセントミハイ
「言っておくが、われわれがこの地球にいるのは、ふざけ回るためだ。誰に何と言われようと、そうなのだ」
— カート・ヴォネガット
「結合的な遊びは、生産的な思考の本質的な特徴であるように思われる」
— アルベルト・アインシュタイン
「人間は、言葉の完全な意味で人間であるときにだけ遊んでおり、遊んでいるときにだけ完全な人間なのである」
— フリードリヒ・フォン・シラー
「時は、さいころ遊びに興じる子どもである。王権は子どもの手にある」
— ヘラクレイトス