「(めめめのくらげのタイトルの由来は?)色々な要素が絡まっていますが、その起源はつげ義春さんの漫画「ねじ式」の中に出てくる「メメクラゲ」というセリフなんです」
村上隆の他の名言
「日本人は判断停止の子どものような幼稚な時代の終焉をそろそろ演じる覚悟が必要」
「僕の活動は、ずっと続いているんです。目玉の絵だって、15年くらい前から描いてますし、Mr.DOBもデビュー以来、いまだに描いています。僕の作品は終わることがない」
「日本はアメリカに比べて、特異点の才能が伸びづらい国です」
「100年、200年後の世界で「社会を変えよう、自分を変えよう」としている人たちに対して、小さな勇気みたいなものを与えられる存在になりたい」
「成功している人を妬むのって、その当人も、社会も萎縮させます」
「(絶望している日本の中で)芸術家という生き方を選んだのは、世の中を変える役目というものに自分が加わりたいという気持ちがあったから」
「僕にとっての時限爆弾はまさに『ゲゲゲの鬼太郎』と『ウルトラマン』だったわけですね」
「僕は日本に絶望している」
「僕にとって人生の訓戒は、ゴヤの存在なんです※フランシスコ・ホセ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス( Francisco José)」
「本当にこの世界観に自分を賭けれるのか」
関連する名言
「私は誰とも争わなかった。争うに値する者などいなかったから。自然を愛し、自然の次に芸術を愛した。人生の火にかざして両手を温めた。その火は今、衰えてゆく。私は旅立つ用意ができている。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「死が私の上に立ち、耳元で何かをささやく。その奇妙な言葉について私に分かるのは、そこに恐れの言葉など一言もない、ということだけだ。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「滅びたイリオンを越えてヘレネは生き、アルケスティスは黄泉の国から立ち上がる。彼女たちを呼び戻すのは詩であり、死すべき乙女たちに不滅の若さを与えるのも詩である。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「名声の門と墓の門は、同じ楣(まぐさ)の下に並んで立っている。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「一枚、また一枚と葉が落ち、一輪、また一輪と花が散る。寒い時節に散るものも、暖かい時節に散るものもある。ひとしく咲き、ひとしく散り、それらを育てた大地がすべてを迎え入れる。大地の賢い子である私たちは、命が尽きたとき、その懐に身を沈めることにもっと満足してよいのではないか。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「死は姿こそ見えないが、すぐそばにいて、私の八十歳を惜しんでいる。私はこの最後の歳月をそっくり彼にくれてやってもいい、五十年前に過ぎ去ったあの一年と引き換えに。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「批評家ぶった口がやかましいこの世でささやかれるあらゆる「きまり文句」のなかで、偽善者のそれが最悪かもしれないが、いちばん苦痛なのは批評のきまり文句だ。」
— ローレンス・スターン
「時はあまりに速く過ぎ去る。私が一字を記すたびに、人生がどれほどの速さでペンのあとを追ってくるかを思い知らされる。」
— ローレンス・スターン
「脱線は、まぎれもなく陽光だ。脱線こそ読書の命であり魂である。」
— ローレンス・スターン
「人間の身体と精神は、上着とその裏地のようなものだ。一方をしわくちゃにすれば、もう一方もしわくちゃになる。」
— ローレンス・スターン